第1回経済レポート―米国の国際収支と双子の赤字

財政赤字と経常収支の赤字の違い

2004年のアメリカの経常収支の赤字は、年間6千億ドルに達した模様であり、米ドルの動向を分析する際には、この経常収支の赤字問題は常に考えておかなければならない。一般に、この経常収支と財政収支の赤字は、アメリカの双子の赤字問題といわれて、現在の世界経済の評論ではしきりと出てくる決まり文句である。ここでの問題点は、6千億ドルの経常赤字と4千億ドルの財政赤字は、当然のことながら借金でまかなわれているのであり、
いつまでもこれだけ巨額の借金を続けることが出来るのかということにある。

米国経済は、4千億にものぼる財政赤字があるものの、この資金を国内でまかなう事ができない。アメリカ国民は、盛んに批判されているように慢性的な過剰消費体質であり、貯蓄が不足しており、政府の4千億にのぼる財政赤字を国民がまかなうどころか、財政赤字に輪をかけて民間部門自身も貿易赤字を生み出しており、政府と一緒になってさらに巨額の経常収支の赤字を作り出しているのである。仮に、米国の貯蓄率が高く資金が米国でまかなえるのであれば、米国の財政赤字問題は米国の国内問題であり、他国がとやかく言うようなことではないであろう。ここが、日本の財政赤字問題とは根本的に違う点であり、単に財政赤字を問題にするのであれば、日本の財政赤字のほうが米国より深刻である。

日本の財政赤字のGNPに占める比率は、なんと7.4%なのであり、問題だといわれているアメリカの4.9%を遥かに上回っている。ちなみに、先進国ではイギリスが2.9%、ドイツが4.1%、フランスが4.0%の赤字比率なのであり、意外かもしれないがイタリヤは2.7%の赤字比率にとどまっている。当然、財政黒字の国もあるのであり、韓国は3.5%、オーストラリアが0.8%、スエーデン、スペインがそれぞれ0.2%と0.1%の対GNP黒字比率となっている。巨額の財政赤字は、当然に国民経済における大問題ではあるが、日本のように貯蓄超過の国ではこの財政赤字を民間部門による資金提供でまかなう事ができており、その限りにおいては、日本の国内問題にとどまり国際問題とはならない。日本では国債の発行残高が538兆円にのぼり、国と地方の借金が700兆円にものぼるといわれているが、一方で国民の貯蓄選好はきわめて高く、個人金融資産残高は1,400兆円にのぼる。政府の作った財政赤字を、国民がせっせと貯金して政府に貸し付けているのであり、それはそれで大きな問題であるには違いないが、よその国から金を借りて財政赤字をまかなっているわけではなく、日本の財政赤字は国際問題に発展する性質のものではない。アメリカの問題は、この財政赤字をアメリカ一国では資金調達できず、おもに日本、中国、東南アジアからの資金調達に頼っている事にあるのである。

アメリカの経常赤字は巨額であるのか?

このように、アメリカの経常収支の赤字は、それが政府部門の財政赤字と民間部門の過剰消費体質・貯蓄不足に原因があり、しかも海外の資金を当てにして成立している以上、根が深くかつ危険度の高い構造を有している事がわかる。後でもう少し議論するが、アメリカの政府部門の財政赤字と民間部門の貯蓄不足は生活習慣病のようなものであり、一挙に解消できるような特効薬がない。また、慢性的なアメリカの借金生活も、外国からの借入れが途絶える事も当然にありうるわけであり、いわば生活習慣病をいつ切れるかもしれない注射で日々乗り切っているようなものではないか。海外からの資金が途絶えた瞬間に、米ドルと米国国債は暴落するのであり、米国金利は暴騰し、米国経済は当然に不況に突入し、従って世界経済も大打撃を受けるというのが、一般に言われている双子の赤字の最悪のシナリオであり、これは十分すぎるくらい現実味のあることなのである。

現在の外国為替市場は、米国の経常収支問題の解決が困難であるとして、現在考えられる唯一の経常収支の解決策である為替レートによる調整を行いつつある。緩やかなドル安が昨年来続いてきたのは、ここに原因がある。現在もマーケットは、中国の人民元の切り上げに端を発してドルが暴落するのではないかという恐怖感を背景にして日々のレートが動いている。しかし、ここでの議論の前提条件は、米国の経常赤字が巨額であるという事にあることに留意しなければならない。いくら経常収支の赤字があっても、小額ならばたいした問題ではないではないか。確かに、米国は1990年台の後半から経常収支の赤字が一貫して増え続けており、それが昨年6千億ドルに達したのであり、6千億ドルといえば60兆円であり巨額には違いない。しかし、この6千億ドルの経常収支の赤字を巨額ではないという人もいるのである。現に、日銀がそういっている。巨額かどうかというのは、文学的表現による相対論であり、巨体という相撲取りも象に比べれば小さなものではないか。一体米国の年間6千億ドルに上る経常赤字は、巨額なのか、それともたいした事はないと考えるべきなのであろうか。

アメリカの経常収支の赤字は、一体どの程度の規模のものであるとして捕らえるべきなのか、冷静になって考えてみるべきなのである。現在の世界の国民総生産は約30兆ドルである。この中で、アメリカのGNPは圧倒的に大きく約9兆ドル、EUがあわせて8兆ドル、そして日本が4兆ドルである。ちなみに、米国一国で世界のGNPの3割を占めており、日本は13%、EUが29%であるから、この3地域で世界の7割強のGNPを独占しているのである。世界には200の国家があるが、この残りの200の国で残り3割のGNPをやっと埋めているのが現実である。さて、米国経済が世界経済の中で圧倒的に大きいという事については異論の余地がないが、先ほどの6千億ドルの経常赤字は9兆ドルのGNPに比べれば高々6%にすぎないのである。生活費の6%を借金でまかなっている家計があるとして、それがそれほど不健全とはいえないのと同様に、米国の経常赤字は不健全とはいえないという日銀の主張の背景はここにある。アメリカの国力と潜在的な経済力から考えて、過度的現象かもしれない6%の経常赤字率は解消可能であり、過大に問題視するのは当を得ていないというのである。日銀に限らず、この主張の支持者は意外と多い。

しかし、この議論にはどこに座標軸を置くかによって全く違った情景が見える騙し絵のようなトリックがあることに注意しなければならない。確かに、6千億ドルはアメリカ経済9兆ドルを母集団としてみればたいしたことはない。しかし、この経常赤字を支えている、アメリカ以外の国から見ればとてつもなく巨額なのである。米国の経常赤字を資金面で補填しているのは、アジアマネーである事は既に述べたが、その中でも昨年は日本と中国の公的資金が米ドルを圧倒的な規模で支えた。世界第2位の日本のGNP4兆ドルをもってしても、米国の経常赤字6千億ドルは15%にのぼるのであり、中国のGNP1兆ドルにいたっては60%にものぼる気の遠くなるような金額なのである。

問題は、巨大なアメリカにとってはさほど大きいとはいえない経常赤字が、残念な事にアメリカ以外の普通の国にとっては、とてつもなく大きな数字だという事であり、巨人にとってはたいしたことのないステーキであっても、巨人を支えている小人にとっては、とても食べきれないような巨大な肉の塊であるという事である。だいたいが、巨人が自分の食い扶持の不足分を小人たち数人からからかき集めてまかなおうという事自体が、ふざけた事ではないか。こんな事がいつまでも続くわけはないのである。米国の6千億ドルの経常収支の赤字は、米国がその赤字資金を他国より調達せざるをえない限りにおいて、当該他国の経済規模で考えるべきであり、要するに巨額なのである。

なぜアメリカはこんな事になってしまったのか

一体いつから、そしてなぜアメリカはこんな借金地獄に陥ってしまったのであろうか。アメリカの双子の赤字問題は古い問題であり、最初にこの問題が出てきたのはレーガン政権のころであるから既に20年前のことである。レーガンの対ソビエト強硬路線による大幅な軍事力の増強(レーガノミックス)により、財政赤字が拡大し、1985年にはアメリカは純債務国に転落したのである。レーガノミックスはソビエトを崩壊させたが、その財政負担はアメリカに双子の赤字という重い課題を残した。しかし、その後米国財政は、ニューエコノミーと言われた90年代の好調な経済に支えられて、1998年には29年ぶりに財政収支を黒字へと転換させ、その後2001年まで財政黒字が続いた。レーガンのあとG.H.W.ブッシュを経て1993年から2001年1月まで政権を担当したのがクリントンであり、クリントンは政権発足時に3千ドル台であったニューヨークダウ平均株価を在位8年間で1万1千ドル台にまで押し上げている。この間、米国株価はほぼ一貫して右肩上がりの上昇を続けたのであり、1990年代は、アメリカにとってニューエコノミーと言われたIT革命による黄金の10年で、インフレなき経済成長を謳歌していたのである。クリントンは運がいいのかもしれないが、彼の経済運営は戦後の米国史でも特筆すべき成功をおさめているのである。クリントンは、モニカ・ルインスキーという女性とつまらない事をしでかし、世間からは非難されるし、ヒラリーからは怒られて散々だったが、モニカとのことと彼の政策運営能力は何の関係もない。

ところが、ブッシュ政権になった後、2002年より再度財政は悪化しだし、その赤字規模は年々拡大の一途をたどり現在では4千億ドル強の赤字規模に達している。すなわち、現在の双子の赤字問題は第2次双子の赤字問題ともいえるものである。確かにレーガン政権のときに大騒ぎした双子の赤字問題はクリントン政権になって一旦はおさまったのである。寝た子を起こしてしまったのは2001年に政権をとったブッシュであり、現在の双子の赤字問題は、従って、ブッシュ政権の経済政策に大きな原因があることがわかる

ブッシュが政権をとった2001年以降に何があったかを思い起こしてみると、ブッシュ政権がこの4年間で何をやろうとしてきたのかがよくわかる。自由と民主主義いう理念を語るブッシュのスピーチより、政権の金の使い方を見るほうがその本質がよくわかる。少なくとも私は、人の言葉よりその人の金の使い方により多くの真実があると確信するものである。ブッシュが大統領に就任したのは2001年の1月であるが、この年の3月には株価が明らかな下落傾向を示しだし、10年間にわたる好景気が続いたさすがの米国経済も減速しだした。政権交替時に1万1千ドル台であったニューヨーク平均株価は、ブッシュの政権交替後2ヶ月で1万ドル割れをしてしまう。ブッシュは肝を冷やしたであろう。この景気対策として、ブッシュはなんと1兆ドルを超える大型減税を6月に行ったのである。そして、この年の9月には同時多発テロが起きてしまい、アメリカはアフガニスタン・イラクといったイスラム国家への果てしない軍事介入に突き進んでしまうのである。

この間の時系列をもう少し丁寧に見ていくと、ブッシュの大統領就任が2001年1月、米国経済の減速が3月からで、ブッシュは6月に大型減税を成立させる。9月11日にニューヨークの世界貿易センタービルが爆破され、同時多発テロが発生する。そしてこの同時多発テロを受けて、ニューヨーク株式市場のダウ平均株価は、年初の1万1千ドル台から8千ドルぎりぎりにまで急落したのである。テロの主体と目されていたタリバンに対する報復措置として、アメリカはアフガニスタンに対する空爆を10月におこない、タリバン政権による首都カブールは11月に陥落、そして12月には暫定政権が発足する。この間、アメリカは年間11回にも上る連続的な金利引き下げをおこない、フェデラルファンド・レートは年初の6%から年末には1.75%にまで下がった。この年の減税は、向こう10年間にわたり1兆3千5百ドルの減税を行うというものであり、一過性の減税ではなく、その規模の破壊的な大きさと減税期間の長さにブッシュの必死さが見て取れる。戦争をするにも、景気が悪くては国民の支持は得られない。1兆3千5百ドルの大型減税と6%から1.75%までの金利引き下げの11連発。就任したてのブッシュはなりふり構わずやったのである。

結果的に2001年のアメリカの経済成長は0.3%であり、特に第1四半期から第3四半期まではマイナス成長を余儀なくされた。翌2002年の1月に、ブッシュは一般教書演説で、イラク・イラン・北朝鮮の3国を悪の枢軸国と名指しで非難して、イラクへの軍事介入への意欲を示した。この年の10月にニューヨーク平均株価は7,286ドルという安値を更新し、米国の経済成長は2.4%と不調であった。アメリカは、年間1.5%も人口が増加する国であり、その潜在経済成長率は3.5%程度と考えられている。日本やヨーロッパのように人口が増えない国とは経済の基本構造が決定的に違う。アメリカは移民の国であり、未だに移民が流入し続けている。そして流入した移民の出生率は高いのである。2.4%の経済成長は、日本では悪くないが、人口の増え続けるアメリカではこれでは国はやっていけない。

2003年3月にブッシュはサダム・フセインの大量破壊兵器疑惑を名目として、イラクへの軍事侵攻を行った。4月にバグダッド陥落、そして5月2日にブッシュが戦闘終結宣言を行ったのであるが、その後大量破壊兵器は発見されず、そして未だにイラクでは内戦が続く泥沼状況となっているのは、見てのとおりである。軍事侵攻の年2003年の5月に、ブッシュはまたもや総額3千5百ドルの追加減税を打ち出した。そして、同じく5月よりフェデラルファンド・レートは歴史的な1%にまで下げられ、ドルが世界中にばら撒かれる事になったのである。この1%のF.Fレートは昨年5月まで継続した。軍事侵攻と減税・低金利政策による強烈な経済刺激。これがブッシュの4年間にやってきた事である。2003年に米国経済は回復し、ダウ平均株価は1万ドル台を回復、この年の経済成長は3.1%であった。昨、2004年も米国経済は好調で、株価も1万ドル台をおおむね維持し、経済成長は4%台半ばであったと見られている。要するに、ブッシュ政権はこの5年間で、2度の戦争と減税と金利引き下げを行ったのであり、経済学的にいえば、戦争という公共投資と1兆5千億ドルの減税、1%の超低金利による大金融緩和を行って経済成長を達成してきたのであり、こんな事をすれば景気がよくならないほうがおかしい。普通はこれだけの大散財をすれば、財政が火の車となるため出来ないが、ブッシュはそれをやったのである。そして、大散財の当然の結果として累積的に増大する財政赤字が発生しているのである。

双子の赤字は解消できるのか

このような歴史的な経緯をもって出来上がった双子の赤字はそう簡単に解消できるものではない。ブッシュは既に、自分の任期が終了する2009年度までに財政赤字を半減する事を公約している。財政再建というのであれば、歳入を増やし歳出抑えるしかない。歳入を増やすというのであれば、もともと無理があった2001年と2003年のそれぞれ1兆3千5百億ドルと3千5百億ドル、合計1兆7千億ドルの減税を止めることであるが、増税どころか、むしろブッシュはこれらの減税を恒久減税化しようとさえしている。既に恒久減税化法案は、議会に提出されている。仮に減税を止めるとすると、減税を止めた瞬間、減税が2003年以降米国経済を押し上げたと同じ力学で、米国経済を反対方向に押し下げる事になる。イラク問題を抱えるブッシュが国民の懐を直接痛める不人気政策の増税路線をとることはありえない。

2006年度の米国予算教書は、国防・安全保障を除く政策的経費を1%削減する緊縮型のものであった。しかし、国防予算は別で、4.8%増の4,100億ドル。しかも、この予算教書にはイラクやアフガニスタンへの駐留経費は含まれていない。これは補正予算で組まれるのである。言うまでもないことであるが、戦争は金がかかる。イラク開戦後の追加国防費を振り返ってみても、2003年度の補正予算で626億ドル、2004年度の補正予算で658億ドル、2005年度の追加予算で250億ドル、そしてさらに今年年明けの1月には再度の追加予算を800億ドル計上している。当初イラクには13万5千人の米兵が派遣されたが、昨年の末時点での派兵人員は約15万人に増えている。これだけの軍をイラクで展開すると、月に約50億ドル程度の金がかかる。早くイラクから撤退できればいいのであるが、現状ではとてもアメリカの面子が立つような撤退時期は見えてこない。イラクから撤退しない以上、ブッシュは歯を食いしばって月々50億ドルの金を払い続けるしかない。

さらにブッシュは今年2月初めの一般教書演説で、公的年金の抜本改革を掲げ、確定拠出方式の新型公的年金”個人勘定”の創設を提唱している。しかし、この新型年金への移行に際しては、旧年金の財源補填をしなければならず、そのための金が制度移行費として今後10年間で6千6百億ドルかかると見積もられている。ブッシュは、この金は米国債を新規発行してまかなうのだそうである。要するに借金ではないか。これも、もちろん予算教書では見積もられていない。国防予算、イラクの駐留経費、年金改革と、大口の歳出増項目が三重苦で並んでいるのであるから、いくら一般政策経費を抑えてみても歳出総額が減ることはない。歳出は増えるばかりなのである。

ブッシュの財政赤字半減の公約は、良好な経済を前提とした税の自然増をあてにしている。財政赤字を今後4年間で半減させるには、実質3%を超える経済成長が続く事が必要とされている。景気頼みなのである。マスコミでは、G7とか、一般教書演説や予算教書といった機会があるたびに、ブッシュが財政赤字の削減に向け、どういった具体策を出すかと注目しているが、期待しても無駄である。減税は恒久化する、イラクで金はかかる、公的年金改革でも金がかかるという中で、財政赤字の削減の具体策などあるわけがないではないか。ブッシュは魔法使いではないのである。このような八方塞の中で、ブッシュとしては2004年に4.5%の成長をした米国経済が減速することだけは避けなければならない。今のところ2005年度の経済成長は3.5%程度とする予想が多いが、これが2%台に落ち込むようであれば、ブッシュはアウトである。これではまるで借金の返済に株の値上がりを見込んでいるようなものではないか。

財政赤字を補填することが期待される米国国民の過剰消費体質はどうであろうか。先に指摘したような人口増の続く米国経済は、その経済構造として消費需要中心の経済であり、公共投資と設備投資が経済を支える日本とは構造が違う。民間投資も、住宅と商業サービスの比重が高い。特に1990年代のニューエコノミー以来米国の旺盛な消費を支えてきたのは株と住宅の値上がりである。1991年に2,365ドルであったニューヨークダウ平均株価が1999年には11,722ドルまで約5倍になったのであり、住宅価格も大きく値上がりしている。株のほうはブッシュが大統領に就任してからは、値上がりする事はなかったが、それでも現在でも1万ドル台を維持している。一方住宅のほうは未だに値上がりを続けており、最近ではバブルとしか言いようのない高騰を示しだしている。アメリカの住宅価格は、2004年9月までの1年間を取ると全米平均で13%も上昇した。特に7月から9月の上昇だけを見ると、年率18%にもなる。広いアメリカ全体でこの数字なのだから、当然地域によっては値上がりは激しく、ネバダ州(ラスベガス)では年率36%、ハワイ州では28%の値上がりであった。住宅が値上がりしてなぜ消費が増えるかと思うかもしれないが、アメリカでは“ホーム・エクイティ・ローン”というローンがあり、住宅の値上がりに金融機関が金を貸すのである。要するにアメリカの過剰消費体質の本質は、キャピタルゲインと含み益なのであり、経済が右肩上がりで好調に推移している限りにおいて問題は顕現しないが、一旦景気が減速し、株と住宅の価格が下がりだすと借金だけが残るというきわどいものなのである。これを、アメリカは1990年代からもう15年もやっている事になる。キャピタルゲインや含み益担保の借金で消費している国民が、貯蓄をして政府の財政赤字の資金を供給するような事ができるわけはない。政府に金を貸す前に自分の借金の返済があるのである。

このように、理詰めで考えてくると、アメリカの財政赤字が改善されたり、米国国民の過剰消費体質が改善されたりする事が、少なくとも予見可能な将来において起こると考える事は出来ない事がわかる。それでは、年間6千億円にものぼる経常赤字はどう処理すればいいのであろうか。その一つの経済学的な解決は、貿易赤字を減らす事である。すなわちドル安政策である。一般に言われていることであるが、アメリカは内心ではドル安を望んでいるのは間違いないのではないか。ただ、緩やかなドル安を欲しがっているのである。仮に、今後米ドルがドル高に振れてくるようなことがあるとすれば、強いアメリカ・強いドルなどといっているアメリカ自身が一番困るのであり、このことは今後為替や貿易を考えていく上でいつも頭の中にしっかりと考えておかなければならない。ドル高の天井は低いのである。

経常収支と資本収支

ここで少し基本に返って、現在の外国為替の議論の前提となる国際収支の基本をおさらいしておきたい。国際収支の基本を忘れて議論している人が多すぎるのである。誰もが学校で一度は習ったのであろうが、学生のころこんな話を聞かされてもわかるわけはないし、仮に覚えたとしても社会人となれば必ず忘れている。

国際収支とは、一定期間における一国の全ての対外経済取引の収支を表す。国際収支は、経常収支、資本収支と外貨準備の3項目から構成されており、次の関係式で表される。
”経常収支+資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏=0“
経常収支は、貿易収支、サービス収支、所得収支、経常移転収支から構成されているが、その多くは貿易収支であり、要するに財貨用役の輸出入に関する収支と考えればよい。これに対して、資本収支は、投資収支とその他資本収支から構成されているが、これも要するに対外証券投資や対外資金貸借と考えておけばよい。外貨準備増減とは、通貨当局管理下の対外資産の増減であるが、そのほとんどは中央銀行の為替介入の結果としての対外資産の増減であり、日本の場合は日銀のドルの防衛買いの結果としての米国国債がここにたまっている。日本は貿易収支が慢性的に黒字であり、従って経常収支が黒字なので、これを埋め合わせるべき資本収支が赤字にならなければとんでもない円高になり、その時には日銀が円売りドル買いをおこない外貨準備を増やすのである。その結果外貨準備がたまるばかりという構造である。外貨準備が増えるという事は、外貨準備の収支としては赤字ということになる。国際収支の関係式は常に0になるのである。ここで、誤差脱漏というのは、関係式を0にするための統計上の誤差である事は言うまでもない。

外国為替とは、結局国際収支の関係式における3要素、すなわち経常収支と資本収支と外貨準備増減の力関係に他ならない。今議論のために、0年度において経常収支と資本収支がそれぞれ0で均衡し、従って外貨準備増減のない状態で国際収支が均衡している国家を想定しよう。この状態から翌1年度において、経常収支の大幅な黒字が発生すれば、この国家の通貨に強力な変動圧力がかかり、その結果資本収支が赤字となるか経常収支の黒字を打ち消す地点まで通貨は切りあがり、ちょうど経常収支の黒字が解消される新たな為替レートで国際収支は均衡する事になる。この経常収支の黒字に伴う通貨の切り上げがいやであれば、中央銀行が為替市場に介入し外貨準備を増やすしかない。このように、経常収支と資本収支が外国為替を決定し、その市場論理を政策的にゆがめるのが中央銀行の為替介入ということになる。よく為替レートの議論の際に、各国通貨の購買力の比較で議論することがあるが、各国の購買力そのものは為替レートの決定に何等の影響も及ぼさない。通貨の購買力の差が、貿易や証券投資に反映されて始めて、購買力格差は為替市場に影響力をもつのである。日本の土地はいまだに国際的に高いが、この高い土地価格は為替市場に影響しない。土地を輸入する事ができないからである。日本人の特に単純労働に対する人件費は、国際的に見て高い。しかし、為替レートはこの高い人件費を調整する事ができない。日本語の出来る外国人がほとんどいないし、世界一厳しい入国管理で移民を含めた外国人労働者を実質的に締めだしているからである。

日本の場合は、常に構造上年間約1千億ドル強の経常収支の黒字が発生するので、円は経常収支の点からは常に円高圧力がかかっていることになる。ちなみに、2003年の日本の経常収支の黒字は1,362億ドルであった。問題は、この構造的な経常黒字を打ち消すべき資本収支であるが、経常収支の黒字を打ち消すに十分な資本収支の赤字が発生しなければ、日銀は必ず為替介入をする。介入を行わなければ、為替市場が通貨の需要と供給の原理により切り上がり、その結果経常収支の黒字を減らすか、資本収支の赤字を増やすべく円高になるのであるが、日銀はそれに耐えられないからである。円高になれば、日本の輸出産業が打撃を受け、景気回復の障害になると信じているからである。誰もが円高になれば日本の産業はやっていけず不況になってしまうと思っており、ほとんどの国民はわけもわからず円安支持者となり、日銀介入はこのような国民の支持を得て行われている。本当に円高が日本経済にとって有害であるかどうか、私自身はきわめて疑わしいと思っているのであるが、このことはいずれ論述するとして、ここではこれ以上述べない。

日本の場合ここ数年1千億ドル程度の経常黒字が発生し、幸い2002年までは資本収支が経常収支の黒字の6-7割程度の赤字であったので、外貨準備の増は、おおむね4-5百億ドル程度で済んでいた。この間の為替レートを見てみると、ドルは2000年が100円強から115円程度までの円安、2001年が120円弱から130円強までの円安、2002年が130円台から120円程度までの円高であり、この間、日本としては緩やかな円安、あるいは居心地の良い120円までの円高だったのであり、当たり前の事であるが、ドルレートは国際収支関係表の力学どおりの為替変動をしていることがわかる。ところが、2003年になって、国際収支表は様変わりとなってしまうのである。2003年の経常収支が1,362億ドルの黒字であることは既に述べたが、なんとこの年は資本収支も679ドルの黒字になってしまったのである。この年の4月28日に日経平均株価は直近の最安値7,603円を付けており、これが年末には1万円を回復している。このころは銀行の不良債権処理がピークのころであり、“りそな銀行”に公的資金が投入された時期である。これを嫌気して、株は下がったのであるが、この株の安値を1万円まで買いあがったのは外人買いである。国際収支上の対内証券投資が起きたのであり、すなわち資本収支も黒字になってしまったのである。従って、当然のように日銀は強烈な為替介入をおこないドルを買い支え、この年の外貨準備増は、驚くべき1,871億ドルに達してしまったのである。日銀の為替介入は2003年秋より始まり2004年の春まで続いた。この間為替は、当然円高で、2003年夏まで120円で安定していたドルは円高となり現在の100円台まで円高が進行している。

このように、国際収支の基本構造によりここ数年の為替を分析すると、日銀の巨額の為替介入に関わらず、外国為替は結局経済原則どおり、国際収支の力学どおりの動きを示している事がわかる。急激な円高が起きると、必ずヘッジファンド等の投機筋が批判されるが、彼らもまた国際収支の力学をゆがめるほどの影響を市場に与えてはいない。要するに、外国為替は、経常収支と資本収支が決定するのであり、中央銀行の為替介入もその市場の原理を覆す事は出来ないのである。彼らの為替介入は、結局投機家に好都合な投機の場を与えてきたのに過ぎなかったことになる。この数年間、日銀が介入した時点で、日銀の円買いに対抗して円売りを仕掛けてきたとすれば、その投機家は常に利益を得てきた事になる。今回、2000年以降の、国際収支と円ドルと株価の推移を並べてみるに、複雑な気持ちにならざるを得ない。また、日銀の為替介入が行われると、米ドルが買われ日銀券が新たに発行される。このままでは、通貨の過剰供給となってしまうので、日銀はドル買いの見合いの円を市場から回収するべきであるが、やっていない。これを日銀の不胎化政策といい、様々な問題を内在させている。これについても、論述していきたいが、もうきりがないので、これもいずれの機会に譲らざるを得ない。市場における投機資金の影響についても同様であり、いずれ機会を見つけて数理的に分析してみたいとおもう。

日米金利差

さて、話をアメリカに戻さなければならない。次に記載するのはアメリカの過去4年間の国際収支である。(単位億ドル)

ものの見事に経常収支の赤字と、資本収支の黒字が見合っていることがわかる。アメリカは世界一の経常収支の赤字国であるが、同時に世界一の資本収支の黒字国でもあるのである。この資本収支の黒字のほとんどは、対米投資であるから、誰かが年間5千億にものぼるアメリカの株や債券を買っていることになるが、その大口は主として日本と中国を中心とするアジアの公的資金である。先にも少し触れたが、日本は2003年に1,870億ドルの外貨準備を増やしており、中国も750億ドル増加させている。民間部門の対米投資を差し置き、さらに他の200の国を差し置いて、この2国の中央政府だけでアメリカの資本収支の半分をまかなったのである。先に述べたように、この2003年は米国の金利は1%という歴史的な低水準にあったのであり、このような安い金利の米国国債をこの2カ国が買ったのは訳がある。為替への介入である。日銀が円高阻止のためドルの防衛買いをしていることは既に述べた。中国は、人民元の為替レートを実質的に固定しており、この結果半自動的に為替介入を行わざるを得ない仕組みとなっている。人民元の値動きは、前日の終値から0.6%の範囲でしか行うことが出来ないように規制されているのである。そして、この規制を有効ならしめるため、政府が為替相場固定化のため1997年10月以降、常時為替介入をしている。経済発展に沸く中国は、このようないんちき人民元レートにより外貨を獲得しているのであり、EUやアメリカによる人民元の切り上げ圧力というのは、このいんちきを早く止めてくれというである。

人民元の切り上げについては、今年の年明けにもあるのではないかといわれていたが、中国はなかなかこの実質固定相場制のうまみを手放さない。しかし、中国はWTOへの加盟時に、金融を含む市場開放を約束させられており、その期限が2006年末に来る。中国は、人民元の切り上げを2006年末までにはやらざるを得ないが、少しでも時間稼ぎをしておきたいのである。中国が為替管理の自由化をするためには、加熱している投資の沈静化をしなければならず、また様々な資本規制の緩和をする必要がある。これをしなくていきなり為替管理を撤廃すると人民元は過剰な投機の対象として狙い撃ちされる可能性がある。人民元の切り上げになかなか踏み切らないのは、理由があるのである。中国は時間が欲しい。

さて、アメリカの6千億ドルを超える経常収支の赤字は、ほぼ同額の資本収支の黒字で相殺されており、その経常収支の黒字は半ば日本と中国の為替介入の結果まかなわれている事がわかった。問題は、このような事が今後も続けられるかどうかである。2003年においては、日銀は日本の年間の経常収支の黒字の1.36倍の為替介入をしたのであり、中国の介入はなんと経常収支の黒字の2.14倍である。こんな事をすれば、通貨の大増発につながり、為替介入と同額の資金を市場から引き上げなければインフレになってしまうが、幸い日本では出口の見えないデフレが進行しており、いくら通貨を増発してもインフレになる心配は今のところない。中国の事情はよくわからないが、現に一部インフレを誘発した。しかしいずれにしても、中国は実質固定相場制の放棄を2006年末までには行うのであるから、為替市場への介入をいつまでも続ける必要はなくなるのであり、日銀も日本の景気が回復してきている以上、いつまでもデフレの上に胡坐をかいたようなふざけた不胎化政策など続ける事はできない。

日銀と中国の事情がわかった。ここからのドルの急落を防ぐためには、今までの事はともかく、今後も確実に発生するアメリカの年間6千億ドルに上る経常収支を埋め合わせるための資本収支として、日銀と中国政府以外の金の出し手が新たに必要になっている。そして、この新たな金の出し手がいなければ、ドルは確実に暴落する。既に検討してきたように、アメリカの経常収支の赤字の削減が出来ないのはほぼ所与の与件と考える事ができるので、為替問題はアメリカに対する資本の提供がうまくいくかどうかにかかっている。この資本の提供者として、少なくとも2006年末までの人民元の切り上げ時(その時は必ず来る)以降は、中国は期待できない。日銀は、海外からの強い批判を浴びながらも、円高に対してはなりふり構わず為替介入をするはずであるが、日本一国でドルを防衛する事はできない。

ここにきて、アメリカの連続的な金利の引き上げが為替市場の注目を浴びている。米連邦公開市場委員会(FOMC)は、2003年7月以降1年間続いてきたフェデラルファンド・レート(FFレート)の1%を昨年7月から段階的に引き上げており、今月も0.25%の引き上げを行ったので、現在は2.5%になっている。アメリカは、現在の景気が減速しない限り、このFFレートを3.5%まで引き上げて行くはずである。アメリカの実質金利の過去平均は2%といわれており、安全物価上昇率が1-2%と考えられているので、米連邦公開市場委員会(FOMC)としては両者を足した3-4%であれば景気中立と見ているのである。景気中立であれば、米国に資金を呼び込むために、金利を引き上げなければならない。いつまでも1%金利で、中国や日本の政策的為替介入に依存するような事が続けられない事を知っているのである。

現在のFFレートが2.5%ということは、アメリカの公定歩合はそれに1%加算した3.5%ということである。そして今後半年程度の間に、それぞれの金利はさらに1%程度引き上げられる可能性がある。これは十分に外国資本をひきつけるに有効な金利ではないか。この原稿を書いている2月の10日時点の主要国の長期金利は、日本の新発10年国債が1.4%、アメリカの10年国債が3.98%、イギリスの10年国債が4.47%、ドイツの10年連邦債が3.43%である。ここで注目しておかなければならないのは、ドイツの連邦債に見られるようなユーロと米ドルの金利差である。ユーロ金利は1998年末からずっと米ドルの水準を上回っていたのであるが、ここにきて米国の金利引き上げにより、金利差は逆転し、現在は米ドル金利のほうがユーロ金利を上回っており、さらに今後その差は拡大する。アメリカは現在、先進国の中で唯一金利引き上げを行っている国なのである。日本のデフレはいまだ出口が見えず、従って日本の金利も当分上昇する事はない。米国の金利引き上げは、ユーロや円からの資金移動を誘発する。特に円金利は、ほとんどただのようなものであり、しかも日本の銀行預金の全額保護は、今年2005年の3月までで消滅しペイオフが本格的に実施される。国民もこれに対応して、ほとんどの銀行口座は既に1千万円以下に分散されているという。円から米ドルへの資金移動が潤滑に行われれば、取りあえずアメリカの資本収支はバランスし、ドルの暴落はなくなることになる。

以下は2003年末の日本の個人金融資産の内訳である。

1千4百兆円といわれている虎の子の個人金融資産の内訳は、その半分以上が現金預金なのである。これを見ると、日本人の保険好きが見て取れるのと、やはりこれもいわれているように株式の個人保有が少ない。企業間の株式の持合はバブル崩壊のあと進んできたが、その受け皿として活躍したのは外人買いであり、まだ個人は直接株式で資産運用するには至っていない。また、これだけただ同然の金利が続いてきたにもかかわらず、国民は現金・預金の形でしか金融資産を持とうとはしなかったことがわかる。特に、外貨預金については、高金利として盛んに宣伝されたにもかかわらず、個人金融資産の0.4%を占めているに過ぎない。1990年のバブル崩壊による株の損失が未だにトラウマとなっているせいもあるのであろうが、日本国民の資産運用は円と元本保証の固定利回りに対してきわめて強い選好を示している。

さて、ペイオフ開始である。この1千4百兆円の1%でも高金利の米ドルにシフトしてくれれば、それだけで1千4百億ドルとなり、昨年度の驚異的な日銀介入額に匹敵する規模となる事がわかる。問題は、544兆円の定期預金の動向であり、これが今年の4月からのペイオフ開始と米ドルの金利上昇を受けて、ドルにどの程度流れるかで勝負は決まる事になるが、微妙であり、今この時点では予測が難しい。これが、たとえばイギリスの国で起こったのであれば、文句なく米ドル投資は活発化するのであるが、日本国民の為替変動を嫌う自国通貨第一主義を考えると、難しいような気もする。

さらに忘れてならないのは、外貨預金に対する日本の金融機関の犯罪的な手数料の高さである。今金融機関で米ドルの定期預金をすると、手持ちの円からドルに買えるだけで、片道1円の手数料が取られる。すなわち、往復2円であり、現在105円程度のドルからすると2%近い手数料が抜かれてしまう。米ドルの金利が多少良いくらいでは、手数料で抜かれ、銀行が儲けるだけで預金者は金利差の恩恵にあずかることはできない。それでも米ドルはいいほうで、オーストラリアドルについては片道2円、英国ポンドについては片道4円という犯罪的な手数料の徴収がなされている。ポンドは200円程度なので、往復の手数料だけで4%であり、これでは国民は高金利の外貨運用に踏み切れない。ここに、これだけの低金利が続いたにもかかわらず、外貨預金が伸びなかった原因があることを知るべきである。

一体、全ての1ドルごとの両替に1円の手数料を取るというのは、何の根拠があってやっているのか。手数料というのであれば、10万円の両替も1千万円の両替も手数に大差はないではないか。しかも、預金取引であれば、現実には紙幣を動かさず書類だけの作業なのだから、両者に手数の差はない。外為手数料は、すべからく一取引ごとにたとえば1千円とかの実費徴収にすべきではないか。この手数料問題が解決されない限りは、結局日本の米ドル投資は進まず、アメリカの資本収支を支えるためにまた日銀が巨額の外為介入を行わなければならなくなる。政府は、経済学的に意味のない外為介入がいやなのであれば、銀行の外為手数料の自由化を進めるべきである。

ドルの天井は低い

アメリカの財政収支の改善がなされず、経常収支の赤字の垂れ流しが止まらない事については、十分な結論を得た。資本収支については、アメリカが景気に配慮した緩やかな金利引き上げをFFレート3.5%まで行うことの影響がどの程度となるか、現段階では予測がつかない。景気に配慮した金利引き上げというのは、針の穴に糸を通すように難しい事である。引き上げが少しでも行き過ぎれば、景気が悪くなるし、引き上げが少しでも足りなければ海外から資本が集まらず、その事自体がドル金利を押し上げてしまう。ブッシュのストライクを取れるコースは、一箇所しかなくなっているのである。この難しい制球をグリーンスパンはよくやっている。しかし、彼は今年の末までで退任する事が決まっている。後はブッシュが自分でやらなくてはならない。グリーンスパン以上の人材は、もうアメリカにはいない。

仮に、アメリカが景気を悪化させる事なく金利を3.5%にまで引き上げる事に成功したとすると、当然米ドルは欧州および日本から、相応の資金を誘引する事が出来る。為替市場は、双子の赤字を材料にするのに飽きてきており、現在では今更ながら米国の利上げに関する金利差を材料にしてやや円高に振れはじめている。今の市場は、潜在的な双子の赤字問題と、米ドルの金利引き上げの間で揺れており、方向感のつかめない変動を示している。金利高を背景にして日本の個人金融資産が対米投資に動くかどうかはわからないが、少なくとも米ドルの上昇は、欧州や原油価格の上昇で懐の暖かいオイルダラーをひきつける効果は確実に見込める。この面を強調すれば、今後ドル高が進行するという結論になるのである。一方、双子の赤字問題を強調すれば円高が進行するという結論になる。経常収支と資本収支のバランスの問題であり、市場はその中で声の大きいほうにそのつど流れているに過ぎない。

しかし、考えてもみよ。もともと、巨額の経常収支の赤を、同じく巨額の資本収支の黒で埋めようとする事自体が、問題点の先送りに過ぎない。ここで、仮にアメリカの思惑通り景気の悪化を避けつつ中立金利までの引き上げに成功し、海外資本が米国投資を行ったとしよう。しかし、ここでの米国投資の圧倒的大部分は米国国債なのである。すなわち、米国の借金がまた膨らむのである。今の米国投資で、米国の証券投資を行うほどの株価の値上がりは期待できない。むしろ、世界の投資家は、そのポートフォリオで米国株の割合を引き下げる方向にある。この意味からは、むしろ日本株のほうに目がいっている。このような中で、金利差に注目して行われる投資の行き先は、米国の株式ではなく、金利のつく債券なのである。借りた金は返さなければならず、金利も払わなければならない。2003年末時点で、既にアメリカの対外債務は10兆5千億ドルに達している。(アメリカ商務省経済分析局統計、BEA レポート)その膨大な対外債務に今後の金利上昇が負担となってくる事になる。これだけの債務があると、FFレートが1%から3%になるだけで、追加金利として年間2,100億ドルの負担となってしまう。そしてこの金利支払いは、経常収支の赤字要因として、またもや経常収支を悪化させてしまうのである。経常収支の赤字を埋めるため、金利を上げて資本収支の黒字を作るというのは、借金のためにまた借金を重ねる多重債務者のとる行動と何等代わる事はないことを知らなければならない。ちなみに、この米国債務の金額は日本のマスコミでは正確な数字が使われておらず、いい加減極まりない。米国債務の金額として、3兆ドルというものもいれば、8兆という数字を使っている人もいる。原文にあたっていないせいであろう。BEAレポートは、まことに面白い統計であり、これもいずれ紹介していきたい。

アメリカの経常収支が問題となるたびに、経常収支の問題を為替レートの調整だけで行うというのは、短絡的すぎるという論者が出てくる。日本の政府筋に多い発言であり、彼らは資本収支のことを持ち出すのであるが、この議論はおかしくないか。もともと為替レートとは、二国間の貿易不均衡の調整係数なのであり、一方的な経常収支を解消するためにはアダムスミス以来の確立された古典派経済理論に従い、為替レートが貿易不均衡を調整するのが正しいというのは経済学の基本ではないか。もともと戦後の構造的な貿易不均衡問題を解消するために世界は外国為替の変動相場制を導入してきたのであり、外国為替に経常収支の解決をさせないということになれば、実質的な固定相場制の一部導入に他ならなくなってしまう。

アメリカは、金利を引き上げ、その結果資本収支が経常収支を補い、ドル高になるかもしれない。しかし、それは、本来の構造的な経常収支問題を先送りし、むしろ問題を大きくしているに過ぎないことがわかるであろう。対外債務の金利支払いが経常収支をさらに悪化させ、またドル高による交易条件の悪化が、さらに貿易赤字を作り出してしまう。アメリカの経常収支は、その根本にあるアメリカの財政赤字の解消と、国民の過剰消費体質の解消、そしてドル安による為替調整で行うべきなのであり、ブッシュはこのうち前2者の苦痛を嫌い、一時しのぎの資本調整への道を歩んでいるのである。私は、従って、短期的には円はドルに対して強くなるかもしれないが、そのドルの天井は低く110円程度までしか予想する事が出来ない。反対に中期的には80円程度までの円高があるのではないか、むしろ1ドル80円というのが現在の国際収支から考えた適正な円ドルの交換レートではないかと考えるものである。なぜ80円かというと、計算してみるとすぐわかるのであるが、現在のアメリカの貿易収支をゼロにする円ドルの均衡点が80円になるのである。この辺の計算も、いずれ展開してみたい。

為替の動向を分析する上で、今後1-2ヶ月の世界の金の流れ知る事が決定的に重要である。特に、円の流れと原油価格の動向を背景としたオイルマネーの動きが重要であり、それらには、当然の行動原理があるのである。一部の人が言っているような投機資金により非論理的な動きをしているわけでは決してない。投機資金としてヘッジファンドが盛んに批判され、その規模が約1兆ドルといわれている。確かに巨額であるが、ヘッジファンドは通貨の流れに先行したり、増幅したりは出来るが、通貨の流れそのものを変えてしまうことまでは出来ない。仮にヘッジファンドが思惑により経済原則を無視したドル高を作り上げてみても、それではその経済原則を無視して作られた高いドルを誰が買ってくれるというのか。全ては市場原理で動いているのであり、それを分析し解明するのがもともとの経済分析の使命である。

だいたいが、いわゆる経済学者や経済評論家といわれている人たちの経済見通しは当たるためしがないが、どうなっているのか。最近は彼らも注意して見通しを語り、たとえばドルは上がるかもしれないし下がりもするのだと、禅問答のようなことを言っている。またドルが上がる要因と下がる要因を並列し、それでは結論としてどうなるのかと思って読んでいると、最後に、従って今後の円ドル相場の動きが注目されるなどと、結論にもならないふざけた事を書いてあるものがほとんどではないか。この人たちのいうことをまともに聞いていると、何もわからないということがわかるだけである。経済分析をしてみても何もわからないということになると、それは経済学の否定ではないか。誰かがわかっているのである。ケインズもソロスも、世界経済の流れを的確に分析し、学術的にも経済的にも大きな成功を収めたではないか。結局自分でやるしかない。このレポートによる分析を通じて、もう少しこの問題を研究してみたいと思うのである。とりあえず、今回はここまでとし、次回もう少し金融政策、原油問題、オイルマネーの動きを分析し、世界経済を追いかけてみる事にする。

2005年2月11日 細野祐二


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