第3回経済レポート―非不胎化政策

見よ。これが世界の金の流れだ。

以下に、2000年から2003年にかけての、主要国の国際収支の一覧を添付する。第1回レポートにおいて、我々は既に国際収支関係式が国境を越えて決済される世界の全ての金の流れの総括表である事を学んだ。添付した主要国国際収支一覧は、世界の金の流れの鳥瞰図である。復習のため、あるいはこの回からレポートを読み始めている読者のために、第1回のレポートの国際収支の基礎部分を再度掲載しておくと、次のとおりである。

“国際収支とは、一定期間における一国の全ての対外経済取引の収支を表す。国際収支は、経常収支、資本収支と外貨準備の3項目から構成されており、次の関係式で表される。
”経常収支+資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏=0“
経常収支は、貿易収支、サービス収支、所得収支、経常移転収支から構成されているが、その多くは貿易収支であり、要するに財貨用役の輸出入に関する収支と考えればよい。これに対して、資本収支は、投資収支とその他資本収支から構成されているが、これも要するに対外証券投資や対外資金貸借と考えておけばよい。外貨準備増減とは、通貨当局管理下の対外資産の増減であるが、そのほとんどは中央銀行の為替介入の結果としての対外資産の増減であり、日本の場合は日銀のドルの防衛買いの結果としての米国国債がここにたまっている。日本は貿易収支が慢性的に黒字であり、従って経常収支が黒字なので、これを埋め合わせるべき資本収支が赤字にならなければとんでもない円高になり、その時には日銀が円売りドル買いをおこない外貨準備を増やすのである。その結果外貨準備がたまるばかりという構造である。外貨準備が増えるという事は、外貨準備の収支としては赤字ということになる。国際収支の関係式は常に0になるのである。ここで、誤差脱漏というのは、関係式を0にするための統計上の誤差である事は言うまでもない。“

経常収支(単位十億ドル)
番号 2000年 2001年 2002年 2003年
1 日本 120 88 112 136
2 韓国 12 8 6
3 サウジアラビア 14 9 12
4 シンガポール 13 16 19
5 台湾 9 18 26 29
6 中国 21 17 35
7 イギリス -36 -34 -27
8 スイス 34 24 26
9 スペイン -14 -19 -16
10 ドイツ -25 1 47
11 ノルウエー 26 26 25
12 フランス 18 23 26
13 ロシア 47 34 30
14 アメリカ -411 -394 -481 -542
15 カナダ 21 17 15 19
16 メキシコ -18 -18 -14
17 ブラジル -24 -23 -8
18 アルゼンチン -9 -4 10
19 オーストラリア -15 -9 -17
-217 -220 -174
赤字合計 -552 -501 -563
黒字合計 335 281 389
-217 -220 -174

この主要国国際収支一覧は、各国の国際収支の中からおおむね例年百億ドル以上の収支を出し続けている国をここでの国際収支上の主要国と定義し、それを抽出集計して作成したものである。抽出・集計は私が手作業でしたので、数値に誤りがあるとすれば私の責任ということになる。年間百億ドル以上の国際収支といえば、1兆円以上の国境を越えた金の動きであり、半端な金額ではない。従って、これさえ見ておけば、世界の金の流れの大枠はしっかりと把握できるのである。

まず、経常収支についてみていくが、経常収支も資本収支も、赤字の国は毎年赤であり、黒字の国はいつもそうであることが認識できるであろう。経常収支も資本収支も、その国の国際経済環境下における国内経済の構造を反映しているので、そう簡単に黒字体質や赤字体質が変わることはない。経常収支は、年間のその国の貿易等による稼ぎを示すので、稼ぎのいい国はいつも稼ぐのであり、稼げない国はいつもそうなのである。この意味で、国家の経常収支は人間個人の稼ぎと変わらない。年間の投資と貸金の変動を示す資本収支も同じ理屈である。資金余剰がある国は投資を行うので、資本収支は赤(金が出て行くので赤になる)になりやすく、借金体質の国はいつも借金を続けており、従って資本収支はいつも黒になる(金が入ってくるので黒になる)。これも、人間個人の行動パターンと変わらない。国家も人間も、金に関しての行動パターンは同じではないか。

経常収支により世界に流出する米ドル

この表から明らかなように、世界全体では毎年年間5千億ドル以上の経常赤字が出ており、そのほとんどはアメリカ1国が出し続けている事がわかる。これが、アメリカの双子の赤字問題である事は、既に第1回レポートにおいて指摘した。アメリカは自分の稼ぎ以上に消費しており、その結果毎年5千億ドル程度の経常赤字を出し続け、昨2004年度はこの経常赤字がさらにふくらみ6千億ドルに達したことも第1回において指摘した。アメリカは、このような過剰消費を通じてドルを世界中に垂れ流しているのである。さて、それではこのアメリカから流れ出た金はどこに行っているのであろうか。実はこの金は、まず日本に来ているのである。主要国経常収支一覧から明らかなように、アメリカのドルを稼いでいるのは、第1位が日本の毎年約1千億ドルで、他国の追随を許さない。日本以外では、中国、韓国、シンガポール、台湾の東アジア諸国がよくドルを稼いでいる事が見て取れる。また、サウジアラビアを中心とした、アラブも石油を背景にドルを稼いでいる。統計値がまだ出ていないが、2003年、2004年は原油価格が高騰したので、この年度の経常収支の値が出てくれば、必ずアラブ諸国の原油の荒稼ぎが経常収支の黒字の増大として出てくるはずである。ヨーロッパでは、スイス、ドイツ、ノルウエー、フランスがよく稼ぐ。ロシアも、しっかりと稼いでおり、この国も産油国であるため、2003年、2004年とさらに経常黒字は拡大しているはずである。

世界の金は、アメリカから流れ出し、それぞれの国の稼ぎに応じて世界を潤しているのであるが、その最大の金の行き先は日本であり、約4分の一が日本に来ていることがわかる。また、東アジア、一部のヨーロッパにも流れているが、いつも注意しておかなければならないのは産油国であり、統計数字に最新値が出ていないので明確には読み取れないが、2003年および2004年と、原油価格の高騰に伴い産油国に相当の資金が流れているはずである。今後の世界の金の流れをつかむためには、したがって、日本の金とオイルマネーの行き場所が、最大の関心事になるという事がわかる。後で詳説するが、ここ数年日本の金は、訳があり眠っていたのであるが、この金が動き出せば大変大きな世界金融の地殻変動が起きることになる。また、オイルマネーは、世界中を高速で移動しており、国際金融の常態的な撹乱要因である。

3.資本収支による還流運動

水は低いところから高いところに流れたりはしない。金の流れも同じであり、それは潮流のように、物理学の原理にも似た法則に基づき国際金融の市場を動いているのである。今、世界の経常収支の構造を把握する事で、その潮流の流れ出す源とその行き先を捕まえる事ができた。この国際資金の潮流は、経常収支による資金移動と資本収支による資金移動という2つの大きな流れから構成されている事は、既に第1回レポートで述べた。経常収支が、財貨・用役の提供による付加価値の決済であるのに対して、資本収支はその結果移転した資金の投資活動を示す。すなわち、資本収支は、経常収支で動いた金の還流運動なのである。経常収支で動いた資金が、資本収支で還流していく。国際収支とは、まるで暖流と寒流の交流運動のようなものではないか。我々は国際金融の暖流と寒流の流れを見ていることになる。アダム・スミスの言う神の見えざる手により見事に調和した国際収支の流れは、それ自体が芸術のように美しい。

資本収支(単位十億ドル)
番号 2000年 2001年 2002年 2003年
1 日本 -88 -51 -67 68
2 韓国 12 2 2
3 サウジアラビア -12 -11 -9
4 シンガポール -2 -16 -16
5 台湾 -8 -1 9 6
6 中国 2 35 32
7 イギリス 46 29 10
8 スイス -34 -36 -35
9 スペイン 22 22 25
10 ドイツ 43 -16 -77
11 ノルウエー -13 -27 -8
12 フランス -31 -36 -34
13 ロシア -24 -13 -11
14 アメリカ 456 419 530 574
15 カナダ -13 -9 -9 -21
16 メキシコ 23 25 22
17 ブラジル 30 20 -3
18 アルゼンチン 8 -13 -23
19 オーストラリア 13 9 18
430 332 356
赤字合計 -225 -229 -251
黒字合計 655 561 607
430 332 356
430 332 356

これが、主要国の資本収支である。アメリカから世界に経常収支として流れ出たドルが、資本収支で見事にアメリカに還流している事がわかる。資本収支も経常収支と同じく、一国の資本市場と金融市場の構造を反映しているため、そう簡単に赤字が黒字になったり、その逆になったりする事がないのは、経常収支と同じ理屈である。過剰消費のアメリカは、ドルを垂れ流し、その垂れ流した金を主として海外からの借金という形でアメリカに還流させているのである。もちろん、アメリカはこの危険な借金による消費生活を改善すべく、努力をするといっているが、その解消は予見可能な将来において為替調整以外に行う方法は合理的にないというのが第1回レポートでの結論であった。その議論を前提とすれば、要するにこの資金の流れは当分変わらないと考えてよい。

資本収支の形で資金を出している国は、サウジアラビアを中心としたアラブ諸国、金融立国のシンガポールとスイス、ヨーロッパのドイツ、ノルウエー、フランス、さらに産油国であるロシアである。皆、常態的な経常収支の黒字国である。当然、世界一経常収支を稼いでいる日本は最大の資本還元国で、経常黒字の6割程度の資本収支の赤字を出していたのであるが、どうも2003年から様子がおかしい。この点は、決定的に重要な点であり、あとで詳説する。

アルゼンチンも資金還流を行っているが、これには特殊事情がある。覚えている人も多いとは思うが、アルゼンチンは2002年に政府債券のデフォルト(債務不履行宣言)を行っており、現在もIMFの下で国際収支の改善プログラムに取り組んでおり、債務不履行額の返還交渉は今なお続いている。ちなみに、2002年のアルゼンチン経済は、第一四半期に国内総生産がマイナス16.3%となり、投資額も46%の減少を示す国家破産状態だったのである。先ほどの経常収支で、アルゼンチンは2002年に経常収支が赤字から黒字に転換しているが、デフォルトで輸入が出来ないため経常収支は黒字化するのである。また、この国の資本収支が赤字化しているのは、資本流入が止まるとともに債務の返済を迫られているからである。債務の返済とはマイナスの投資である。借金の返済をすれば、資本収支上は赤字が計上される。

アルゼンチンといえば、1997年にタイを中心として東アジア、東南アジア経済に大きな影響を及ぼした通貨危機が思い出される。このとき通貨危機に見舞われた国は、タイ、フィリピン、香港、韓国、マレーシア、インドネシアであり、これらの国々はこの統計の2000年-2001年あたりまではこの通貨危機とその後のIMFによる管理プログラムの影響が国際収支上も出ている。さらに、アジアの通貨危機の翌1998年がロシアの通貨危機であり、ロシアのあとに2002年にラテンアメリカ、すなわちブラジル、チリ、アルゼンチンの通貨危機が押し寄せた。この通貨危機とIMFによる再生プログラムならびにその後の各国の経済再生の状況は、まことに研究対象として面白く、このレポートでも是非一度取り上げてみたい。

4.政策決定による外貨準備

経常収支でアメリカから世界に流れた金は、資本収支でアメリカに還流されている。最後に残ったのは外貨準備の増減であり、それは以下のとおりとなる。

外貨準備(単位十億ドル)
番号 2000年 2001年 2002年 2003年
1 日本 -49 -40 -46 -187
2 韓国 -24 -13 -12
3 サウジアラビア -3 2 -3
4 シンガポール -7 1 -1
5 台湾 -17 -34 -37
6 中国 -11 -47 -75
7 イギリス -5 4 1
8 スイス 4 -1 -2
9 スペイン 3 1 -4
10 ドイツ 5 5 2
11 ノルウエー -4 2 -6
12 フランス 2 6 4
13 ロシア -14 -11 -12
14 アメリカ 0 -5 -4 2
15 カナダ -4 -2 0 3
16 メキシコ -7 -7 -7
17 ブラジル -8 3 11
18 アルゼンチン 1 21 15
19 オーストラリア 1 -1 0
-137 -116 -176
赤字合計 -153 -161 -209
黒字合計 16 45 33
-137 -116 -176
430 332 356

経常収支や資本収支が、民間経済の市場原理に基づいて決定されるものであるのに対して、外貨準備増減は市場原理では決定されない。それは各国政府の政策により決定される事は、既に第1回レポートでも指摘したとおりである。外貨準備とは、そもそも各国の通貨当局が、外貨建て債務の支払いに備えて持っている支払準備資産のことであり、各国はその対外取引の増加に伴い外貨準備を積み増ししていくというのが自然な姿である。さて、この表を見ると、外貨準備を突出して大幅に増やしているのは日本であることがわかるが、これは円高阻止のための為替介入の結果によるものである事は、既に第1回レポートで指摘した。日本は、2000年から2002年にかけて、毎年5百億ドル弱の外貨準備を増やしてきたが、2003年には、経常収支がいつもの1千億ドル程度の黒字に対して資本収支まで6百億ドル強もの黒字を出してくれたため、強力な円高圧力がかかり、たまらず日銀が1,870億ドルもの為替介入を行ったものである。外貨準備の増は、日本が突出しているが、日本以外の国で増やしているのは、韓国、台湾、中国、ロシアあたりが比較的大口である。

国際収支は、経常収支、資本収支、外貨準備増減を全て合わせれば、ゼロにならなければならないが、現実には各国で正確な統計値が取れないという事情があり、めったに完全なゼロになる事はない。そこでこの差を誤差脱漏として、統計値をあわせているのであるが、これが結構大きな数字になり、まことにわずらわしいが、やむをえない。参考までに誤差脱漏も示すと次のとおりである。

誤差脱漏(単位十億ドル)
番号 2000年 2001年 2002年 2003年
1 日本 -17 -3 -1 17
2 韓国 0 -3 -4
3 サウジアラビア -1 0 0
4 シンガポール 4 1 2
5 台湾 -16 -17 -2
6 中国 12 5 -8
7 イギリス 5 -1 -16
8 スイス 4 -13 -11
9 スペイン 11 4 5
10 ドイツ 23 -10 -28
11 ノルウエー 9 1 11
12 フランス -11 -7 -4
13 ロシア 9 10 7
14 アメリカ 45 20 45 34
15 カナダ 4 6 6 1
16 メキシコ -2 0 1
17 ブラジル -2 0 0
18 アルゼンチン 0 4 2
19 オーストラリア -1 -1 1
合計 76 -4 6
赤字合計 -153 -161 -209
黒字合計 16 45 33
-137 -116 -176
430 332 356

5.日本に来た資金は還流しているのか

世界を流れている金の大きな流れを理解した。世界の金は、その源流がアメリカにあり、経常収支の形でアメリカから毎年5千億ドルから6千億ドルの規模で流れている。その金の行き先の最大手は、なんと日本であり、アメリカから流れる金の約4分の1が経常収支として日本に来ている。世界に流れたアメリカの金は資本収支としてもう一度アメリカに還流していくのであるが、今まではこの還流は何とかうまく行っていた。経常収支でアメリカから最も稼いでいる日本は、もっともアメリカに資本還流することが期待されている。日本は、ここ数年経常収支で稼いだ金を資本収支としてアメリカに還流し、還流の足りない部分は、日銀が外為介入を行って還流不足分を補って国際収支を合わせてきた。しかし、2003年頃からは、日本の資本市場が様変わりをし、日本に対する対内証券投資が起こり、本来経常収支の黒字を資本収支の赤字で相殺すべきところが資本収支までも黒字になってしまい、その結果強烈な円高圧力がかかってしまった。このため政府・日銀は2千億ドル弱にものぼる驚異的な外為介入をおこない、無理やり資本還流を行ってきたのである。要するに、日本に来た2千億ドル弱の金は、政府・日銀により無理やりアメリカに還流させ、国際金融市場は何とか均衡する事ができたのである。しかし。だからといって、世界最大の日米間の資金還流はうまく行っていると考えていいものであろうか。

6.非不胎化を理解しなければならない

私は、確かに、日米間の資金還流は還流されたような顔をしているが、それは日銀が貨幣の増発をすることによって還流したのであり、もともとアメリカから稼いだ金はそのまま日本にとどまったのではないかという強い疑いを持っている。ややこしい事をいうようであるが、このことを解明するためには、日銀の外為介入に対する非不胎化政策というなんともわかりにくい金融政策を、どうしても理解しなければならない。

この日銀の外為介入に対する非不胎化政策というのは、名前からして人間の理解を拒絶するようなふざけた代物で、一般の国民でわかっている人はほとんどいないのではないか。先日、日経新聞の大機小機という署名コラムを読んでいたら、その中で”税収では返済できないほどの借金を抱えながら、なけなしの財政資金で、果敢に行った巨額の円売り・ドル買い介入”として、日銀のドル買い介入無用論を主張しており、少し驚いた。この人は、非不胎化政策が全くわかっていない。政府・日銀が為替介入を果敢に行ったのは事実であるが、その資金は何もなけなしの財政資金を使ったわけでもなんでもない。円を増発してドルを買っただけの事であり、造幣局の輪転機を回して日銀券を刷ってその日銀券でドルを買っただけであり、そのお金はなけなしでもなんでもないのである。少し驚いたというのは、日経新聞の論説といえどもこの程度である事はある程度想像していたからであり、それでもやはり驚いたのは、日経新聞の影響力からして、これを読んだ人は日銀の外為介入に本当になけなしの財政資金が使われてしまっていると信じてしまうからである。

どうしても、非不胎化政策を理解しなければならない。実はこれは難しくともなんともないので、是非落ち着いてゆっくり読んでいただきたい。この説明のために、本レポートの趣旨に反してまことに不本意ではあるが、複式簿記による仕訳を交えなければならない。本レポートの読者に、会計人が多いため、そのほうが多くの読者の理解が容易なためであるが、経営者の方で複式簿記になじみのない方は、仕訳の部分は無視して読み進めていただいても一向に差し支えない。仕訳がなくても、十分理解できるようになっている。

今、日銀が為替介入をし、ドル買い・円売りをする場合、買受資金として円貨がいるが、日銀は発券銀行なので日銀券を発行してドルを買う事になる。こうして買うドルというのは、実際は米国国債であるので、たとえば、今1ドル110円で日銀がドル買い円売りの外為介入を行ったとしてこれを複式簿記で処理すると、次のような仕訳がおきることになる。なお、仕訳は、銀行簿記のマルチ・カレンシーで行う。(非会計人はこの部分は無視する事)

(借)米国国債 $1,000,000 (貸)日銀券 \110,000,000

ここで、日銀券というのは日本銀行にとっては債務なので、この処理は日銀券が増発されたという事を意味する。日銀券とは、日銀が実物経済を担保として供与する信用であり、日銀券はその所有者にとってみると財貨・用役の請求権であるのと反対に、日銀にとってみると日銀券所有者に対する請求権保証債務である。要するに、中央銀行が為替介入をおこない、外貨資産を購入すると、貨幣が自動的に増発されてしまうのである。外為介入は国内の経済活動には何等関係なく、政府の政策によって行われる。このような経済活動の規模が拡大したわけでもない場合に貨幣を増発すれば、インフレになってしまう。日銀が外為介入したからといって、日本の経済規模が拡大するわけでもなんでもない。経済規模の拡大がなければ、実物資産の裏づけがないのであるから、貨幣の増発は出来ないというのが、通貨政策の大原則なのである。このことによって、中央銀行は、その最大の使命である通貨の価値を守っていくという建前になっている。

このことはたとえば、日本政府の財政赤字が大変なので、その穴埋めに造幣局の輪転機を回して日銀券を刷って埋めてはならないという事と同じである。そんなことをすれば実物経済の裏づけのない貨幣の増発になり、増発分だけインフレになり、すなわち増発分だけの貨幣の価値がなくなるので日銀券の信用がなくなってしまう。信用がなくなれば、もとより日銀券は単なる紙とインクで出来た印刷物に過ぎない。実は、日本政府と日銀は短期政府証券で赤字補填の日銀券の発行をこっそりとやっているのであるが、これも論じだすときりがないので、いずれ機会を見つけて指摘することとする。この事を質問すると日銀総裁は怒ることになっている。現に、昨年暮れに怒った。豆粒のように小さな記事が新聞に載っていた。内心ずっしりと後ろめたく思っているので、質問されると都合が悪いのである。ただ、これを日銀総裁に質問した記者はよく勉強していた。

外為介入による日銀券の発行も、これと同じで、ドル買いによる日銀券の発行は日本の実物経済に裏付けられていない日銀券の発行になるため、基本的には不健全な通貨の発行の範疇に入る。このため、中央銀行が外為介入の結果増発された貨幣は、その同額を流通市場から回収するのが原則になっている。この、増発貨幣の市場からの回収の事を”不胎化政策”とよんでいるのである。不胎化政策の原文は“sterilization” といい、英和辞典を引くとよくわかるが,殺菌とか消毒、あるいは避妊手術のことを言う。だいたい、こんな訳を付けた張本人は歴史に対する犯罪者のようなものであり、不胎化などという言葉は日本語として成立しない。その意味するところは、外為介入で外貨準備を増やすと、自動的に通貨の増発を招いてしまうので、意図せざる通貨の増発という胎児を、市場回収する事で避妊しようとする政策といいたいのである。不胎化とは意図せざる通貨増発の避妊手術なのである。この不胎化がなされると、一般には日銀は、外貨介入額と同額の日銀券を、日銀手持ちの日本国債を市場で売却する事により回収するので、仕訳としては次のようになる。

(借)日銀券 \110,000,000 (貸)日本国債 \110,000,000

この結果、不胎化をすれば、日銀券の増発はなくなることになる。先ほどの外為介入と仕訳を通算すると、不胎化による外為介入は次の仕訳となり、通貨の増発が起きていないことがわかるであろう。

(借)米国国債 $1,000,000 (貸)日本国債 \110,000,000

不胎化が理解できたであろうか。議論をさらに続けなければならない。第1号のレポートでも書いたが、ここ数年の日銀の外為介入は、実はこの不胎化をしていない。そして、不胎化をしないのであるから、あろうことかその政策のことを”非不胎化政策”とよんでいるのである。不胎化をしないのであるから、非不胎化だそうであるが、そこまで言うのならいっそ”非非胎化”とか”不不胎化”とでも言ってくれれば、まだ冗談として笑えるが、これでは冗談にもならない。この言葉は、もはや日本語以前の問題で、そう呼ぶこと事態が同じ日本人として恥ずかしい。金融に携わっている人は、何か自分たちの業務を、仲間内だけしかわからないやたら難しい専門用語で言い合って権威付けして喜んでいるところがある。反省せよ。まともな英語に、意味なく日本語の語法として誤った難解な訳を付け、国民を愚弄するのを直ちに止めよ。

7.では、金はどこに行ったのか

日銀の非不胎化政策を理解する事によって、ここ数年日銀が行っている為替介入は、同額の通貨の増発になっている事を理解する事ができた。毎年経常収支で1千億ドル程度の金が日本に流入し、その金は2002年までは一部資本収支で米国に還流して足りない部分は日銀が為替介入で還流不足を補ってきた。2003年以降は資本収支も黒字になり、日銀は経常黒字と資本黒字をあわせた金額の巨額の為替介入で、資金還流を無理やりやってきた。しかし、それらの介入資金は日銀券の増刷でまかなってきているのであるから、何のことはない、経常収支や資本収支で海外から入った金は、ずっしりと日本に残ったのである。このように、国際収支を通じて日本に流入した金は、経常収支と資本収支を相殺したあとの正味黒字額であるが、それは当然のことながら、外貨準備の増加額と同額になる。しかも、このようにして日本に流入した米ドルは、日銀がご丁寧に外為介入してくれているお陰で円貨に転換され、円資金としてしっかりと残ったのである。2000年に4百9十億ドル、2001年に4百億ドル、2002年に4百6十億ドル、そして2003年には1千8百7十億ドルという途方もない金が日本に流れて日本に残っているのだ。この金は一体どこに行ったのであろうか。

私は、当初、この流入資金はこれらの年度の銀行の不良債権の償却に使われたのではないかと疑ったのであるが、どうもそれは違う。これらの年度の日本経済の最大の関心事は、銀行の不良債権の償却であった。1990年のバブル経済の崩壊後、日本の銀行の不良債権の償却は散々問題視されてきたが、それらの償却が進みはじめたのが2000年くらいからではないか。しかも、当初は償却といっても少しずつ、びくびくしながらやったので、いわば兵力の逐次投入をやっていた。それが2002年の衆議院選挙の争点となり、この年に都市銀行の不良債権比率を2004年3月末までに半減させるというのが、国民的合意となったのを記憶しているであろうか。銀行の不慮債権の償却は2002年までは少しずつ、そして2003年からは国民的合意となり、待ったなしで思い切りやったのである。

金融庁の本年1月21日の公表数値によると、大手都市銀行と地方銀行をあわせた全国の銀行の不良債権は、2004年9月中間期で23.8兆円になり、2002年3月期の43.2兆円に比べて19.4兆円減少した。この結果、大手都市銀行の貸出債権に占める不良債権比率は、2002年3月期の8.4%から2004年9月中間期での4.7%にまで半減し、政府はその不良債権比率を半減させるという政策目標を半年前倒しで達成したことになる。不良債権の償却をまじめにやりだした2003年4月からの1年半の間に償却された不良債権19.4兆円というのは、この間の円ドルの為替レートおよそ110円で換算すると1,763億ドルとなり、この金額は2003年の外貨準備の増加額1,870億ドルにほぼ匹敵する。我々は既にこの年の外貨準備の増加が、日本に流入した資金の純増額である事を理解した。不良債権の償却をするのにも金がかかる。外貨準備の増加額が不良債権の償却原資として使われたのではないかと疑った所以である。つまり、米ドルが日本に流れ、それは円転され、米国に還流することなく日本で不良債権の償却に使われてしまったのではないかというのが、私のここでの疑惑であった。

しかし、日本銀行発表による本邦銀行のこの間の貸出金の残高の推移を見ると、次のように2003年4月から2004年の12月までの貸出金残高は約25兆円減少しており、この金額は先に述べたこの間の不良債権の償却額を十分カバーする。

国内銀行貸出金残
年月 兆円
2001年3月末 475 0
2001年12月末 454 -21
2002年12月末 432 -22
2003年3月末 425 -7
2003年12月末 410 -15
2004年3月末 409 -1
2004年12月末 399 -10

国内銀行の貸出金は、2001年より一貫して減り続けており、その間事業法人からの資金需要はなかったのであるから(もしあれば、金利が上昇している)、この間銀行は民間事業会社に資金を供給するどころか、不良債権の償却をすると同時に資金の回収をやっていたことになる。金は、民間事業会社に流れたのではないのだ。

話は少し飛ぶが、日本国民の個人金融資産が1千4百兆円あるといわれているものの、実はこの個人金融資産がここ数年全く増えていないことを知っているだろうか。正確に数字をあげれば、2000年の個人金融資産は1,429兆円あったのであるが、これが2001年には1,410兆円、2002年に1,388兆円と逓減し、2003年に1,409兆円とやや盛り返して現在に至っている。この間、日本は少なくともこれらの年度までは人口の減少はなかった。また、高齢化の進行による個人金融資産の引き出しが、勤労世帯の個人金融資産の積み増しを上回る事態は、これから起こることではあっても、これらの年度において個人金融資産が増えなかった理由とはならない。個人金融資産の元本が増えていないことと、さらにこの間運用収益が全く上がっていないことも驚きであるが、少なくともここでいえるのは、海外流入資金が個人にも流れていないという事である。

海外から流入している年間1千億ドルを超える金は、事業法人にも行っていなければ、個人にも来ていない。民間銀行に滞留しているわけでもない。1千億ドルといえば10兆円であり、これだけの金が日本に来てなくなるわけはないのである。金はどこかに必ずある。日本に来ていることが確かである以上、我々としてはこの金の行方をどこまでも探していかなくてはならない。金のありかがわかれば、その金の行き先もまたわかるのだ。日本国内の金のありかを探すためには、日本国内の資金の循環を調べなければなければならない。そして、そのためには日銀作成の資金循環表を研究しなければならない。この表は、およそ読者の利便性という概念を全く持ち合わせることなく作成されているので、解読するのに暗号解読並みの苦心を要するが、他に手立てがないので仕方がない。次回レポートでは、日銀の資金循環表に基づき、海外流入資金の行き場所をさらに探ってみる事とする。

我々は、これまでの議論で、国際収支による経常収支と資本収支の関係を学び、外貨準備増減の持つ意味を理解した。また、この国際収支を通じて外国為替がどのように反応するかの理解を得た。さらに、国際収支を通じて、米国のドルが世界中に、そして特に日本に巨額に流れてきており、それが日銀の外為非不胎化により日本国内にとどまった事を知るに至った。金の流れの尻尾まではつかんだのではないだろうか。このレポーによる国際資金の探求はさらに佳境に入っていく。

2005年2月27日 細野祐二


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