キャッツ粉飾決算事件の再審請求について

この度、諸般の僥倖に恵まれ、キャッツ粉飾決算細野事件の再審請求を行うことにしましたので、この間の事情につき以下に説明します。

私は、2004年3月9日に特捜検察に逮捕され、6年間の法廷闘争の後、2010年5月31日付最高裁上告棄却決定により懲役2年執行猶予4年の刑が確定しました。その後、執行猶予期間は2011年6月1日に満了となっています。私は、公認会計士として長く企業の会計監査に携わってまいりましたが、キャッツ粉飾決算事件の有罪判決により公認会計士資格は登録抹消となりました。2014年6月の執行猶予期間満了により、私は日本公認会計士協会に再登録申請を行いましたが、日本公認会計士協会からは登録拒否を受けています。

もとより、私の事件に対する主張は、「私はキャッツの適正な財務諸表の作成を助言しただけのことで、適正な財務諸表の作成を助言するのは有価証券報告書虚偽記載の共同正犯とはならない。」というものです。しかし、私の弁護人が(私の意に反して)会計基準に添付されていた調査官報告書に同意していたことから、通常審では、有価証券報告書の虚偽記載という犯罪事実そのものが争われることはありませんでした。一審、控訴審、最高裁の判決文でも、問題となるキャッツの2002年6月中間期並びに12月期の財務諸表がなぜ虚偽記載になるのかという証拠理由は全く記載されていません。判決は、キャッツ経営陣3名の「粉飾だった」という自白だけを証拠として「キャッツの財務諸表の虚偽記載」を自明のこととし、その上で、私のキャッツ経営陣との共謀を認定したものです。

私は、経済事件は物証がないことから、そこに明白性のある新規証拠などあるはずもなく、そもそも経済事件には再審が認められないものと考えていました。事実、先般の湖東記念病院事件の再審無罪を含め戦後23件の再審無罪が出ていますが、この中に経済事件は1件もありません。しかし、私が本年4月に主催した「国際刑事司法裏コングレス」の中で、参加パネラーの法学教授より「長銀・日債銀の最高裁判決により、会計基準の誤適用に関する鑑定意見書は新規性のある明白な証拠となりうる」との見解を示していただきました。ならば、私にも再審の扉が開く可能性があるかもしれないと思い至った次第です。

キャッツの2002年6月中間決算における犯罪事実は、「本当は60億円の貸付金だったものを60億円の預け金としたこと」ですが、貸付金というのは税務調査における税務否認の際に用いられる用語です。上場企業の開示財務諸表には財務諸表等規則が適用されなくてはなりません。そして、財務諸表等規則では消費寄託契約による金銭債権は預け金として計上されなければなりません。すなわち、判決は、キャッツの2002年6月期の公表中間貸借対照表には中間財務諸表等規則が適用されるべきところ、税法基準を誤適用しているのです。

12月決算も同じことで、ここでの犯罪事実は「本当は多くとも6億5千万円しかないファースト・マイル(買収子会社)の株式を60億円として個別貸借対照表に計上したこと」となっているのですが、検察官の主張する6億5千万円というのはファースト・マイルの直近の売買事例で、これは税務上の時価です。しかし、上場会社の公表財務諸表には金融商品会計基準が適用され、ファースト・マイルは子会社株式ですから、金融商品会計基準の例外規定により取得原価、すなわち60億円で資産計上されなくてはなりません。これまた、金融商品会計基準が適用されるべきところ、税法基準が誤適用されています。

このように、キャッツ粉飾決算事件における会計基準の誤適用は、判決文を読んだだけで分かるものです。通常審で認定された事実関係を前提にしても、株式会社キャッツの2002年6月中間期並びに12月期の該当部分は、当時の会計基準上有用あるいは適正なもので、従って、これらの財務諸表は、少なくとも会計基準上、犯罪事実としての虚偽記載は認定できません。犯罪事実がないのですから犯罪の共同正犯が成立しないことも又明らかなことです。

本件は、会計上、虚偽記載ではないことが明らかですが、ところが、刑事司法の世界では、長く、会計基準に基づく虚偽記載の認定ではなく、自白調書の信用性に基づき虚偽記載を認定してきました。日本では、刑事司法における虚偽記載と財務会計における虚偽記載は司法実務上全く違うものとして取り扱われてきましたが、長銀・日債銀の粉飾決算事件において、最高裁は、この両概念の違いに対して「有価証券報告書の虚偽記載は会計基準に基づいて判断する」とする画期的な判決を出しました。2009年12月17日付最高裁判所日本債券信用銀行粉飾決算事件高裁差戻し判決における古田裁判長による補足意見を以下に引用します。

「有価証券報告書の虚偽記載を処罰する趣旨は、これが、証券取引市場において、会社の財政状態に関し、投資家の判断を誤らせるおそれがあることにある。そうすると、有価証券報告書の一部をなす決算書類に虚偽があるかどうかは決算処理に用いたとする会計基準によって判断されるべきところ、金融機関の決算処理は決算経理基準に従って行なわれることが求められており、本件日債銀の決算書類においても、銀行業の決算経理基準に基づく償却・引当基準に従った旨が記載されている。そこにいう決算経理基準は改正後の決算経理基準であることは明らかであるから、本件決算についてはこれにしたがって判断すべきことになる。しかしながら、貸付金の評価については、同基準において回収の可能性に関する具体的な判断方法が示されておらず、これを補充するものとして位置づけられていた資産査定通達においても税法基準の考え方によって評価をすることが許容されていたといえるという意味において、これを唯一の基準ということはできないと考える。なお、税法基準の考え方によって評価することが許容されていたとしても、その方法等が税法基準の趣旨に沿った適切なものでなければならないことはもとよりである。」

吉田佑紀最高裁判所裁判官は、「有価証券報告書の一部をなす決算書類に虚偽があるかどうかは決算処理に用いたとする会計基準によって判断されるべき」と明確に述べており、このことは長期信用銀行粉飾決算事件における2008年7月18日付最高裁判決も同様です。このように、長銀・日債銀事件における最高裁判示は、財務諸表の虚偽記載の判断基準として会計基準を明示することにより、その後の時間の経過に基づく歴史的事実、あるいは、被告人等の自白調書による主観的事実だけによる財務諸表の虚偽記載認定を否定しました。従って、会計基準違反の証拠理由がないままに、共犯者の自白調書だけに基づき財務諸表の虚偽記載を認定したキャッツ粉飾決算事件の有罪判決は、最高裁判例違反の謗りを免れません。

キャッツ粉飾決算事件によりキャッツの平成14年6月中間期と12月決算期の財務諸表が虚偽記載であることは刑事司法上確定しています。しかし、これらの財務諸表に適正意見を出していた監査法人は一切の刑事・民事上の責任を問われていません。また、虚偽の財務諸表ということであれば、有価証券報告書の訂正命令が出されていなければなりませんが、東証からも金融庁からも訂正命令は出ておらず、事実として訂正報告書は一切出ていません。ちなみに、キャッツは事件後上場廃止となりましたが、現在でも非上場会社として存続しています。私は刑事事件では有罪が確定していますが、民事の損害賠償請求事件では勝訴しています。すなわち、本件は、刑事司法が粉飾とするものの、会計的には適正で、司法と会計で異なった結論が歴史の中に放置されているのです。

この中で長銀・日債銀の最高裁判決が出ましたが、その後も刑事司法では「自白調書で粉飾を認めているから粉飾だ」とする判決ばかりで、粉飾かどうかを会計基準で判断するとする最高裁判決は、歴史の中でその意味を失っています。これは、弁護側が会計基準を争点としないからではありますが、それ以前の問題として、会計業界がプロとして司法の場で意見を言うことを避けるからでもあります。

現行の刑事司法では、検察官が被疑者や共犯者に「粉飾をやってました。」と自白させ、裁判所は、その自白調書を証拠として有罪判決を下すという不毛な事例が横行しています。ここでは、問題となった財務諸表が会計基準のどの規定に違反して粉飾となるのかという会計事実は全く検証されることはありません。償却証明制度下の銀行統一会計基準に準拠して適正であった長銀・日債銀の財務諸表が下級審有罪となった理由はここにあります。長銀・日債銀は共に自白事件です。反対に、私が過去16年間の活動の中で指摘してきた日興コーディアル・日本航空・オリンパス・東芝等数多くの粉飾財務諸表は、自白調書がなく、刑事司法で全く問題とされることはありませんでした。

本来であれば、長銀・日債銀事件でも、あるいは私のキャッツ事件でも、日本公認会計士協会が、「これらの財務諸表は会計基準に準拠しており適正である」という意見書を提出すべきで、そうすれば、これらは事件になることもなかったでしょうし、下級審で無罪判決が出て、はるかに早い段階で冤罪を防止できていたに違いありません。会計学者の意見書が出て、弁護士がそれを争点として取り上げていれば、それでも冤罪は防止できたでしょう。これを、日本の公認会計士業界並びに会計学界は、刑事事件に関わり合いになりたくないとばかりに、職業会計人としての社会的責任を放棄しているのです。

欧米ではプロフェッショナルが専門家としての鑑定意見書を書くのは当然のことで、それがまたプロフェッションの社会的評価にもつながっています。日本では、プロフェッションの司法参加意識は一般に低いと思いますが、それでも法律学者の間では鑑定意見書が余り抵抗なく出ているようです。日本の会計プロフェッションは、自分たちの専門領域の正しい判断が根拠なく違法として正義の侵害を受けているのに対して、ただただ項垂れるばかりで、何の反論もしないのです。こんな恥ずかしいことはありません。だから、会計プロフェッションは法律プロフェッションに対して馬鹿にされ、蔑まれているのではありませんか。私の再審では、この会計業界の司法参加についても広く社会に訴えていきたいと思います。

現行司法上、この再審請求が認められる可能性は99.99%ありません。私はそのことをよく承知していますが、私は、仮に今回の再審請求は却下されたとしても、その過程で、粉飾決算における現行司法と会計の考え方の違いとその解決方法を明らかにできるとすれば、それだけでも十分価値があると思っています。皆様のご理解とご支援を賜りたくお願い申し上げる次第です。

2020年6月15日

細野祐二

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