複式簿記研究会の設立について

2018年7月7日
細野祐二

フロードシューターによる財務諸表危険度分析を開始して5か月が過ぎました。この間、私は、日経平均採用銘柄から始まり、東証一部上場の建設業、農林水産鉱業食品業、石油石炭繊維硝子ゴム窯業と、およそ500社の財務諸表危険度分析を行ってきました。幸いにして、財務諸表危険度分析は新聞、雑誌、ネット媒体に好意的に紹介され、私も、様々な雑誌に寄稿し、また、いろんなところで講演を行ってきました。

フロードシューターも、当初はなかなかEDINETのXBRLの読み込みがうまくいかずエラーの連続だったものが、一部の特定財務諸表項目を除けば、完全無欠の読み込みを示す完成度となりました。分析プログラムも、財務諸表危険度の基本アルゴリズムから始まり、運転資金分析プログラム、のれん評価プログラム、利益経常性解析プログラム等の補助プログラムを内蔵するものに高度化することができました。

財務諸表危険度分析は予想以上に順調な立ち上がりをしたと思いますが、一方、財務諸表危険度分析の販売は低調である旨、販売代理店より報告を受けています。財務諸表危険度分析は、現在、販売代理店である東京経済(株)による法人限定の個別対面販売となっていますが、私は、上場企業が財務諸表危険度分析を表立って買うのは抵抗があるのではないかと思います。この事情は、監査法人も同じで、適正意見による監査意見を宿命づけられている監査法人が財務諸表危険度分析を定期購読するというのもおかしな話でしょう。

私の財務諸表危険度に関する著作も、その購読者の99%は個人であり、ここでよくよく考えてみれば、「公認会計士vs特捜検察」や「法廷会計学vs粉飾決算」あるいは「粉飾決算vs会計基準」を上場企業が法人として買うことなど考えられません。財務諸表危険度分析のニーズは、少なくともその外形上、法人ではなく個人にあるのです。

財務諸表危険度分析は不特定多数の個人に対するネット販売に親和性があると思われますが、これは財務諸表危険度分析の特性上、どうしても行うことができません。なぜなら、不特定多数に対するネット販売は、悪意の購読者を排除することができないからです。第一、販売代理店の東京経済社は、利幅が薄くてリスクと管理コストだけがやたらと高い個人販売などやりたがりません。

もとより、財務諸表危険度分析は、いずれは高齢の私の手を離れて組織体の運営に任されるべきもので、この事業も、財務諸表危険度分析の収益金をもって財団法人を設立する予定となっています。私どもは捜査機関ではないので、財務諸表危険度分析の目的は、財務諸表危険度の高い企業を摘発することではなく、上場企業が自らの財務諸表の危険度を認識し有価証券報告書における開示を自主的に改善することを目的としています。そのためには、財務諸表危険度分析の有効性を社会が認知する必要があるわけで、財務諸表危険度分析の事業はその広報活動に他なりません。そして、財務諸表危険度分析の事業が継続性を持つためには、広報活動の中核は財団法人が担っていかなくてはなりません。私は、財団法人設立の目途が立たないのであれば、これを任意団体たる「複式簿記研究会」でやってみたいと思います。

会計の国際化と時価会計の潮流により、日本の上場企業が国際会計基準を採用する事例が増えています。国際会計基準は全面時価会計を推進しており、そこでの時価として、金融工学による将来キャッシュインフローの現在価値計算を認めています。ここで、企業買収の結果発生する巨額の「のれん」は、金融工学計算の技巧により、よほどのことでもない限り減損を免れることができます。

2011年に発覚したオリンパス事件では、恣意的に作られた巨額の非上場株式の評価益が粉飾決算に使われていました。しかし、国際会計基準では、非上場株式の評価益の利益計上を認めています。

日本の上場企業が国際会計基準に移行するのは、M&Aで出てきた巨額の「のれん」の償却が困るからで、あるいは、非上場株式の評価益や「負ののれん」が自由に利益計上できるから、というのが実態ではありませんか?監査法人も、企業が国際会計基準に移行すれば、その移行準備も含めて監査報酬を値上げできるので、国際会計基準への移行は大歓迎なのです。

しかし、企業がこのような意図をもって国際会計基準を採用するとしても、そのことを責めることは誰にもできません。なぜなら、国際会計基準は日本の制度会計として認められており、また、国際的に進んだ会計として、官民挙げてその導入が推奨されているからです。国際会計基準採用企業は、国際会計基準が選択可能な制度設計のもとで、国際会計基準に移行することが有利だから国際会計基準を採用しただけのことで、M&Aや非上場株式投資を企業戦略とする経営体の下では、誰でもそうせざるを得ないのです。だからそうしただけのことで、ここにそれ以上の他意を邪推することはできません。

どのような会計基準も、制度会計として利用するには長所と短所があるもので、国際会計基準もその例外ではありません。日本の国際会計基準の問題は、今なお圧倒的多数の上場会社が日本基準による財務諸表を開示するなかで、国際会計基準による財務諸表が選択的に開示されるという日本の資本市場の特殊性にあります。日本は、自国の会計基準がない中で国際会計基準を丸のみにした圧倒的多数の諸外国とは違うのです。

国際会計基準は全面時価会計なので、そこには期間損益という概念が成立せず、損益計算書において経常損益を区分表示することができません。しかし、日本の資本市場は経常損益を重視しており、日本基準では経常損益が開示されます。国際会計基準による「のれん」は、「のれん」が定期償却される日本基準に慣れ親しんだ日本の資本市場で開示されます。国際会計基準による非上場株式の評価益は、未実現利益の計上を認めない日本基準が主力を占める日本の資本市場で開示されます。日本の資本市場で開示される国際会計基準の損益情報は、利益の経常性、利益の実現性、利益の保守性においてまことにミスリーディングであると言わざるを得ません。日本の資本市場に国際会計基準の偏向に対する警鐘機能がない以上、財務諸表危険度分析がその役割を担っていくしかありません。

国際会計基準を紐解いて唖然とするのは、これだけ膨大な国際会計基準のどこを見ても、実現主義の原則や保守主義の原則が一切出てこないことにあります。国際会計基準ではすべての資産と負債が全面時価評価されるため、実現利益と未実現利益を峻別することができず、近代会計の原点たる実現主義の原則を放棄せざるを得ないのです。従って、国際会計基準では保守主義の原則も機能しません。国際会計基準には正規の簿記の原則もありません。国際会計基準は複式簿記を前提としているわけではないのです。保守主義の原則は複式簿記700年の伝統に基づく人類の英知であり、現世代は、会計の国際化という美名の下で、人類が大切に守り育んできた保守主義の原則を失いつつあります。

財務諸表危険度分析は、すべて有価証券報告書における開示情報、あるいはこれに準ずる公開情報だけに基づいており、分析の基準は、企業会計原則一本です。欧米の会計原則は、会計基準や意見書あるいは解釈指針で表象される会計の原則という建付けになっていますので、米国会計基準に米国会計原則という成文集があるわけではなく、国際会計基準に国際会計原則はありません。日本の企業会計原則は世界唯一の会計原則の成分集なのです。

ところが、日本の会計基準は、「国際会計基準へのコンバージェンス」の掛け声のもと、国際会計基準へと歩み寄りを繰り返してきました。この結果、現在の日本の会計基準は企業会計原則に離反するものとなりつつあります。

財務諸表危険度分析はフロードシューターを駆使して、日本基準、米国基準、国際会計基準による財務諸表の危険度分析を行っています。ここでの判断基準は、いまや古色蒼然となった企業会計原則ですが、企業会計原則はフロードシューターによりプログラム化され、財務諸表危険度分析においてその威力をいかんなく発揮しています。企業会計原則が御座なりにされている今こそ企業会計原則を再発見すべきで、だからこそ、企業会計原則を生み出した複式簿記を学び続けていく必要があるのです。

「複式簿記研究会」は複式簿記原理並びに企業会計原則に基づく財務諸表危険度分析の趣旨に賛同する閉鎖的会員組織ですから、私どもが最も警戒する悪意の購読者を排除することができます。一方、このような会員組織体に収益などある訳がないので、フロードシューターの開発資金が「複式簿記研究会」より拠出されることは期待できません。この結果、フロードシューターの人工知能搭載計画は大幅に遅延せざるを得ませんが、その分だけ私が健康に気をつけて長生きをすれば良いと、ここで覚悟をきめるしかありません。

「複式簿記研究会」は財務諸表危険度分析の研究情報を共有するネット上の会員組織ですから、氏名とメールアドレス以外の一切の個人情報は収集されません。複式簿記原理並びに企業会計原則に基づく財務諸表危険度分析の趣旨に賛同する方であれば、誰でも「複式簿記研究会」に入会することができますし、会員には財務諸表危険度分析に関する一定の研究情報が、定期あるいは不定期に提供され、研究報告会に参加することができますが、会員は会費以外に何らの責務を負うことはなく、もちろん退会も随時自由です。

ただし、「複式簿記研究会」は、特定の会員を、理由を示すことなく一方的に除名することがあります。この場合、当該会員が過去において支払った会費等の一切の金銭負担額は、その全額が遅滞なく返金されます。これは、前述悪意の購読者対策としておこなわれるものであり、ご理解を賜らなければなりません。財務諸表危険度分析の趣旨にご賛同いただける方の「複式簿記研究会」への参加をお待ちしております。


TOPに戻る