カルロス・ゴーン日産自動車元会長の脱出

1. レバノン逃避行

旧臘29日、カルロス・ゴーン日産自動車元会長(65歳)は関西空港からプライベートジェット機でレバノンに出国した。ハリウッド映画さながらのこの脱出劇に対して、日本の森雅子法務大臣は、新年5日、記者団の質問に答え、

「我が国の刑事司法制度は基本的人権を保障しつつ適正に運営され、保釈中の逃亡が正当化される余地はない」

とのコメントを出した。一方、東京地検の斎藤隆博次席検事は、

「今般、被告人カルロス・ゴーン・ビシャラが、正規の手続きを経ないで出国し、逃亡したことは、我が国の司法手続きを殊更に無視したものであるとともに、犯罪に当たり得る行為であって、誠に遺憾である。」

と切って捨てた。

森法務大臣並びに斎藤次席検事は、ゴーン元会長の日本脱出を「有価証券報告書虚偽記載罪並びに特別背任罪を逃れるための違法逃亡」と捉え、これを一方的に断罪する。両者の主張は、日本が基本的人権の保障された民主主義法治国家であることを前提とする限り正しい。しかし、我が国が必ずしも民主主義法治国家ではないとすればそうとも言えない。

非民主主義独裁国家において訴追され身柄拘束を受ける経済人が、出入国管理法を犯して独裁国家の主権地域から脱出したとすれば、普通、民主主義国家はこの経済人を人権の観点から保護する。今回、ゴーン元会長は、日本から脱出したから日本国家の強い非難を受けているだけのことで、ゴーン元会長が北朝鮮から同様の方法により脱出したとすれば話は違う。思想犯として強制収容所から逃げ出し豆満江を違法渡河したに違いない北朝鮮からの脱北者を断罪する民主主義国家など存在しない。現に、民主主義国家を自認する韓国は脱北者を受入れ保護している

ゴーン元会長は、旧臘31日、

「私はレバノンにいる。」

「裁判から逃れたのではなく、不公平さと政治的な迫害から解き放たれた。」

との声明を出し、年が変わった1月8日、レバノンで記者会見を開いた。この記者会見で、ゴーン元会長は、

「私は、基本的な人権を侵害するシステムを明らかにするためにここに来た。」

「日本の裁判のシステムの異端さを示したい。」

「日本では公正な裁判が受けられないと判断した。」

などと、日本の司法制度を舌鋒鋭く批判した。

また、

「事件は、日本の検察と日産の一部経営陣が共謀して創造したもので、日産の経営陣が画策したクーデター」

「中傷のキャンペーンに過ぎず、創造の産物」

「検察が日産の幹部と画策したものだ」

などと主張し、日産経営陣を激しく攻撃した。この記者会見でゴーン元会長がクーデターの張本人として特定した日産経営陣は次のとおりである。

  1. 西川広人前社長
  2. 川口均元副社長
  3. ハリ・ナダ専務執行役員
  4. 今津英敏元監査役
  5. 大沼敏明元秘書室長
  6. 豊田正和社外取締役(元経済産業省審議官、2018年6月、日産取締役に就任)

ゴーン元会長は、有価証券報告書虚偽記載罪(役員報酬過少計上91億円)と特別背任罪(サウジアラビアのハリド・ジュファリ氏に支払われた16億円とオマーンのスヘイル・バウアン氏に支払われた18億円)により起訴されている。

ゴーン元会長は、このうち役員報酬の過少計上について、

「支払われていない報酬が容疑とは理解に苦しむ」

と反論した。また、特別背任罪に問われた資金支出については、

「社内の適切な手続きを経た正当な販売奨励金(インセンティブ)」

であるとして、犯罪事実そのものを否定した。

中東における資金支出が正当なものであるとの主張の裏付けとして、ゴーン元会長は、日産社内の決裁文書をスクリーンに映し、

「副社長や担当者が署名している。私のサインだけでは1ドルたりとも動かせない。」

と断言した。この決裁文書がゴーン会長の言う「無実の証拠」である。

2.民主主義の切迫感

ゴーン元会長の日本脱出劇と記者会見に対する社会の反応は、日本と欧米では大きく異なる。産経新聞とFNNが1月11,12日両日に行った合同世論調査によれば、ゴーン元会長がレバノンで日本の司法制度を批判した主張について、91%が「納得できない」と回答したという。日本のマスコミ世論は、

「ゴーン元会長が自らを無実と思うなら日本の裁判で堂々と証拠を示して無罪判決を取るべきで、スパイ映画もどきの違法出国をしてレバノンで記者会見をするというのでは、ゴーン元会長に正義を語る資格などない。」

という意見でほぼ一色となっている。この中で、ゴーン元会長を擁護する見解はほぼ皆無である。

これに対して欧米のメディアは、

「ゴーン元会長『あだで返した』と日本批判」(英フィナンシャルタイムス)

「『腐敗した非人道的な』日本の司法制度について、逃亡後初めて批判」(米ワシントンポスト)

「検察官が弁護士の立ち合いなしに容疑者を繰り返し尋問し、ほぼ100%の有罪率となる日本の司法制度に疑問を投げかけた」(米ブルームバーグ)

などとして、ゴーン元会長の主張に肯定的な報道が行われている。

日本の司法システムを批判する論調が支配的なフランスでは、ゴーン元会長の逃亡容認論が根強く、仏紙フィガロが1月2日に行った読者アンケートでは、「ゴーン元会長が日本から逃げだしたのは正しかった」とする人が77%に上ったという。

ゴーン元会長の日本脱出劇に対するこれだけ大きな社会反応の違いは、結局のところ、日本の司法に対する信頼性の評価の違いからきているように思う。日本社会は、現行司法には人質司法を中心とするさまざまな問題があるかもしれないが、それでも事実として日本の治安は良く、その大きな原因の一つが有効に機能する日本の司法制度であると考えている。これに対して欧米社会は、日本の刑事司法における次の2つの司法手続を疑問視している。

  • 事件捜査における被疑者取調べでは弁護士の同席が認められないこと
  • 経済事件で否認する被告人の権利保釈が長期間認められないこと

欧米諸国にしてみれば、いわゆる人質司法と総称される日本特有の刑事司法手続は、たとえその一つでも基本的人権の侵害にあたるとんでもない行為となる。そんな中で、日本の刑事事件における起訴有罪率が99%超と言われれば、人質司法を内包する日本の刑事司法は北朝鮮と変わらないと見えてしまう。

欧米諸国は、取調べにおける弁護士の同席や権利保釈を市民革命の結果として勝ち取っている。彼らの基本的人権や民主主義は、弁護士の同席や権利保釈がないばかりに夥しい同胞が血を流した民族の実体験に基づくもので、太平洋戦争敗戦の結果導入された日本のお仕着せ民主主義とは、その切迫感がまるで違う。圧倒的多数の日本人は、取り調べにおける弁護士の同席や権利保釈など、所詮は自分とは無関係の犯罪者の泣き言に過ぎないと考えており、これが冤罪の温床となる危険極まりないものであることを実感できない。

3.控訴棄却の申立て

実は、ゴーン弁護団は、2019年10月17日、東京地方裁判所に予定主張記載書面を提出している。ここで、予定主張記載書面とは、弁護側が公判で証拠に基づき主張を予定する事実を記載した書面(刑事訴訟法316条の17)のことをいう。ゴーン元会長の本年1月8日の記者会見は、この予定主張記載書面とほぼ同じ内容だったので、記者会見の中身自体は、司法関係者にとって特段目新しいものではなかったのである。

この予定主張記載書面では、

「日産側日本人経営者、経済産業省、特捜検察の三者がそれぞれの利害の一致を見て、三者の綿密な共謀の上に、日産ゴーン事件をでっち上げた」

との強烈な主張が展開されている。ゴーン弁護団が予定主張記載書面の中で展開する日産ゴーン事件の真相は次のとおりである。

「日産がルノーと統合するということは、日本の基幹産業の一翼を担う由緒ある会社が外国人の手に渡ることであると理解した人もいた。その考えは、日産の役員たちだけではなく、経済産業省をはじめとする日本国政府の要人の中にも共有されていた。」

「2017年4月にゴーン氏がCEOを退いて以降、日産の営業成績は目に見えて下降していた。それに伴って最大株主であるルノーの発言も目立ってきた。後任のCEOである西川氏ら日産の日本人役員らにとって、日産とルノーとの統合は現実的な危機となってきた。」

「2018年1月頃、フランス政府は日本政府に対して日産とルノーを経営統合させる意向であることを伝えていた。これに対して、経済産業省が反対の立場の手紙をフランス経済・財務省に送った。経産省(多田明弘製造産業局長)とフランス経済・財務省(フォーレ局長)ないし政府保有株式監督庁(ヴィアル長官)らとの間で話し合いが行われていたが、進展はなかった。」

「同年2月、ルノーの取締役会はゴーン氏を2022年までCEOとして再任する決議をした。日産の日本人役員はいよいよ『統合』は現実的な段階になったと考えた。同年3月頃、川口均専務執行役員、今津英敏監査役、豊田正和元経済産業審議官(同年6月に日産取締役に就任)らが中心となって、極秘で、ゴーン氏の『不正』を調査するグループが結成された。彼らは、ゴーン氏の『不正』を見つけて、彼を日産から追放することで、日産とルノーとの統合を阻止しようとしたのである。彼らはゴーン氏やグレッグ・ケリー氏など外国人役員に一切知られないように、元東京地検特捜部検事であった熊田彰英氏らを通じて、東京地検特捜部の検事らと相談し、彼らの指示を受けながら、極秘で、ゴーン氏に対する刑事事件として立件できそうな『不正』を探索する調査を行った。」

「検察官は、大沼敏明氏(日産秘書室長)及びハリ・ナダ氏(同法務部主管)との間で、日本版司法取引に基づき、二人を不起訴とすることと引き換えに、『共犯者』とされるゴーン氏の犯罪事実に関して検察官に供述することや証拠を提出することを内容とする合意をしたとする。しかし、この協議・合意(司法取引)は、経産省高官と日産の日本人幹部役員との話し合いにより、彼らの意向を受けて、日産・ルノー・三菱アライアンスの会長兼CEOであるゴーン氏を失脚させる目的でなされたものである。」

「『調査』の結果、ハリ・ナダ氏と大沼氏を『共犯者』とする金商法違反事件と会社法違反事件を立件する可能性があると判断した日産と東京地検が、ハリ・ナダ氏と大沼氏を協議・合意の当事者とするスキームを採用することにしたのである。ハリ・ナダ氏と大沼氏は、自ら進んで自らの意思でゴーン氏の訴追に協力することを決意したのではない。彼らは日産‐その日本人幹部役員や日産の弁護士‐から説得されて、いわば会社の『業務命令』に従って合意内容文書に署名したに過ぎない。このような協議・合意制度の利用は法の趣旨に反するものであり、違法である。」

このように、予定主張記載書面では、事件は、ルノーとの経営統合を阻止するために、日産の日本人経営陣と経済産業省が、統合阻止の障害となるゴーン元会長の失脚を狙ってゴーン氏の不正事件をでっち上げ、これに東京地検特捜部の利害が一致して、特捜検察の綿密な指導の下で、三者共謀の上立件されたものであると主張されている。

2010年の厚生労働省村木課長の無罪判決、並びに、その後発覚した大阪地検特捜部の証拠改竄事件以降、特捜検察は、事実として何らの大型事件も立件しておらず、常設機関としての組織の存在意義が問われていた。そんな中で、特捜検察が誰もが納得する巨悪を逮捕・立件して威信を回復したいと考えるのは至極当然で、ここで日産のゴーン元会長は、特捜検察の求める巨悪のイメージにピッタリと合う人であった。これらを踏まえて、ゴーン元会長は、日産内部における経営方針の対立に経済産業省が不当介入し、その仲介を得て、特捜検察が事件を捏造したというのである。

これだけのストーリーを予定主張記載書面で展開したのだから、ゴーン弁護団はその立証に十分な自信を持っていたのであろう。予定主張記載書面には、もちろん、有価証券報告書虚偽記載罪と特別背任罪に対する反証予定も記載されている。この予定主張記載書面において、ゴーン弁護団は公訴棄却を強く求めている。

4.生きて無罪判決を受けられない。

ゴーン会長にしてみれば、予定主張記載書面で日産側日本人経営陣・経済産業省・特捜検察の三者共謀による事件の真相を明らかにしたのだから、公訴棄却を強く期待したことであろう。しかし、日本の裁判所がこんなもので公訴棄却などすることはない。それどころか、事件捏造と糾弾されたはずの特捜検察が、予定主張記載書面に対して何らの動揺も見せず平然としている。もとより、これだけ強烈な法廷内特捜検察批判は、日本の刑事司法史上空前絶後のことである。それにもかかわらず、あろうことか、予定主張記載書面の内容を報道した日本のメディアは1社もなかったのである。ゴーン元会長は、地の底が抜けていくような絶望感に襲われたことであろう。

検察官の起訴事実とゴーン弁護団による弁護側予定主張準備書面を見る限り、私には、事件は証拠構造上弁護側有利に見える。しかし、日本では、だからと言って無罪判決が出るわけではない。

私が有罪となったキャッツの粉飾決算事件では、虚偽記載とされた財務諸表が粉飾ではないことが関西学院大学の鑑定意見書で立証され、粉飾を共謀したとされる日に私のアリバイがあったことが分かり、そして、検面調書で私の共謀を供述したキャッツの経営陣3名全員が私の共謀を否定する逆転証言を行った。それでも、日本の経済司法では平気で有罪判決が出る。

日本の刑事司法では、無実を立証するだけでは無罪判決は出ない。ゴーン会長は、逮捕以来1年余りにわたる囚われの身において、日本の悲しい経済司法の現実をひしひしと思い知らされたことであろう。そうだとしても、自分が無実であることは誰よりも自分自身が一番よく知っている。ゴーン元会長は、世論を味方につけて、無罪判決を得べく、公判準備に取り組んでいたに違いない。私は、ゴーン元会長は、無罪の立証構造の確立には成功したものの、日本の世論の支持を集めることには失敗していると思う。

ゴーン会長は1月8日の記者会見で、弁護士から判決が下りるまで5年かかると言われたこと、及び、最初の逮捕から1年以上経っているにもかかわらず、自分が日本を出国するまで初公判の日程さえ決まっていなかったことを訴えている。日本の経済司法において迅速な裁判が行われないのはゴーン会長が主張するとおりであるが、私は、弁護団が判決まで5年かかると言ったというのは、ゴーン元会長に対するリップサービスだと思う。

私が逮捕・起訴されたキャッツの有価証券報告虚偽記載事件は、一審東京地裁で2年、控訴審東京高裁で1年、上告審最高裁で3年、都合6年かかった。最高裁で有罪判決が確定し、さらにそこから4年の執行猶予期間が始まるので、事件終了までなんと10年の年月がかかったことになる。弱小無名のキャッツ粉飾決算事件でさえかこれなのである。

日産ゴーン事件のような巨大刑事裁判であれば、一審公判だけで最低5年、下手をすれば10年かかってしまう。この事件では、一審判決の如何にかかわらず、弁護側(一審有罪の場合)、あるいは検察側(一審無罪の場合)により必ず控訴されるので、その控訴審に3年、同様に上告されて最高裁で7年、都合15年から20年かかるのは必定と考えるべきであろう。

しかも、公判審理で無罪判決が出そうな気配があれば、検察官は徹底的に公判の引き延ばしを行う。現に、日産ゴーン事件の初公判はいつまでたっても決まらなかったし、グレッグ・ケリー氏の初公判もいまだに決まらない。検察官は、自分の在任中に無罪判決など受けたくはない。仮に無罪判決止む無しとなった場合でも、その時には、本件にかかわった主任検事、特捜部長、検事正、検事総長の全員が退職し誰もいなくなっていなければ困る。さらに言えば、こうして引き延ばしをしていれば、ゴーン元会長の寿命が尽きるかもしれないではないか。要するに、ゴーン会長の無罪が確定するのは、最も楽観的な場合でも15年はかかるはずで、その時、ゴーン元会長は80歳になっている。ゴーン元会長にとって、そんな無罪に何の意味があるのか?ゴーン元会長は、このままでは、自分が生きて無罪判決を得ることなどあり得ないと確信したことであろう。

東京地裁が決めたゴーン元会長に対する保釈条件の大半は、事件関係者との接触を防ぐためのもので、ゴーン元会長の住居には人の出入りを撮影する監視カメラが設置されていた。しかし、この映像記録は1か月分をまとめて裁判所に提出する方式となっていたので、逃亡を察知する役には立たなかった。ここで、ゴーン会長には、2019年4月の保釈以来、ゴーン元会長の逃亡を防止するための民間の探偵が24時間体制で尾行していた。そこで、ゴーン元会長の弁護団は、

「日産の雇った探偵が違法に付きまとっている」

として、12月25日、警察に告訴状を提出した。この結果、ゴーン元会長の監視は止まった。同月29日、ゴーン会長はレバノンへの逃避行を決行した。

5.経済事件の証拠構造

ゴーン元会長のレバノンでの記者会見を受けて、森法務大臣は、1月9日、記者会見を開き、

「検察は的確な証拠によって有罪判決が得られる高度の見込みがある場合に初めて起訴している。」

などとして、異常に高い日本の起訴有罪率に関する海外メディアからの質問を一蹴した。また、ゴーン元会長の記者会見における主張については、

「抽象的で、根拠を伴わない。世界中に誤った認識を拡散させかねないものだ。」

などと批判した。

事程左様に、日本の司法手続についての海外の疑問と日本の司法当局の説明は食い違うのを常とする。森法務大臣の「有罪判決が得られる証拠が揃ったものだけを立件する」という発言は、日本の100%近い起訴有罪率を正当化する常套句であるが、いくらこれを言ってみても、海外メディアがこの説明に納得することはない。そこで、日本の司法当局は、海外メディアが理解を示さないのは、日本の文化と慣習への理解が足りないからとして、今後は、日本の立場や考え方を海外に向けて正しく伝えていく必要があると言う。しかし、そもそも海外メディアは、日本の刑事司法では民主主義における基本的人権が守られていないことを問題としている。民主主義が普遍的な価値を持つものならば、基本的人権が日本文化や慣習に基づく特異性を持っていいことにはならない。

私は、人質司法と総称される日本の刑事司法の問題は、現行刑事訴訟法の「証拠の標目」と「特信情況」規定による必然的現象で、何も日本文化や慣習の特殊性によるものではないと思う。

ここで特信情況とは、検察官の面前での供述が公判廷での供述より信用できるとする特別な事情のことをいう。現行刑事訴訟法第321条第1項の規定により、証人が公判廷で検面調書と違うことを証言した場合、裁判官は、特信情況があれば、公判廷での証言を否定して検面調書を証拠採用することができる。この場合の特信情況は、公判供述と検面調書の間でどちらがより信用できるかという比較上の特信情況があれば十分とされ、その立証も必ずしも厳格なものが要求されているわけではない。

欧米諸国では取調べに弁護士が立ち会うので、日本のように大量の検面調書が作成されること自体が珍しく、また、作成されたとしても、その内容が公判供述と大きく食い違うことなど基本的にあり得ない。だから、特信情況などという不可解な規定はない。

次に、証拠の標目について論究すれば、もとより証拠裁判主義というのであれば、有罪判決文には、「罪となるべき事実」(犯罪事実)と「証拠によりそれを認めた理由」(証拠理由)及びそれに適用した法令(法律理由)を示さなければならない。しかし、現行刑事訴訟法第335条第1項は、判決文において証拠理由に代えて「証拠の標目」とすることを認めている。ここで標目とは、目印、目次、目録のことをいう。

どのような証拠で犯罪事実を認定したかという証拠理由は、判決の社会に対する説得力を保証する。しかし、現行刑事訴訟法は、証拠理由に代えて証拠の標目で良いことにしているため、日本の判決文は社会に対してまことに説得力がない。有罪判決を下される被告人は、判決文を読んでも自分のやったことがなぜ犯罪となるのかが分からず、だから、なぜ自分が有罪とされるのかが理解できない。メディアをはじめとする傍聴人にしたところで、主文を聞かずに判決理由を聞いただけでは有罪か無罪かが分からない。これでは、被告人は、有罪と言われても何を反省すればいいのかが分からない。証拠理由なき判決文は、有罪判決による犯罪者の矯正効果が機能しないのである。

「証拠の標目」と「特信情況」は、太平洋戦争中の戦時刑事特別法の後遺症である。戦前の旧刑事訴訟法にはこのような規定はなかった。従って、戦前の日本には人質司法という言葉自体がなかった。そして、旧刑事訴訟法下における刑事事件の無罪率は、明治後期で5.6%、大正期で4.7%、太平洋戦争前で2.5%と、現在の起訴有罪率99%超に比較すると驚くほど高かったのである。


出典:「アメリカ人のみた日本の検察制度」(2004年7月28日シュプリンガー・フェアラーク社刊)及び最高裁司法統計年報

旧刑事訴訟法による証拠理由から現行刑事訴訟法による証拠の標目への変更は、東條英機内閣時代の戦時刑事特別法(昭和17年2月23日法律第64号)第26条の規定により行なわれた。太平洋戦争の激化に伴い、米機空襲による夜間灯火管制が行なわれるに到り、裁判官もいちいち証拠理由を明示した判決書を真っ暗闇の中で書くことが出来なくなった。戦時刑事特別法は、戦時下における裁判官の判決文記述の負担軽減を目的として制定されたのである。戦時刑事特別法の第1条は、「戦時に際し灯火管制中又は敵襲の危険その他人心に動揺を生ぜしむべき状態ある場合」という文言で始まっている。このような戦時下において、緊急避難的に止むを得ず取られた措置が「証拠の標目」なのである。

このことは、特信情況についても同様である。戦時刑事特別法は、既に昭和17年2月23日に成立しているが、翌昭和18年10月31日、東条英機内閣は、その戦時刑事特別法をさらに改正し、それまで認められなかった調書の証拠採用を認めることとした。太平洋戦争が激化して、もはや予審判事が悠長に尋問調書を作成したり、裁判官が証人尋問をしている余裕がなくなったのである。

戦前の旧刑事訴訟法においては、検面調書は証拠として認められておらず、もちろん、特信情況規定もなかった。こうして日本では、戦時下の緊急避難的措置として、密室の監禁下で作成され信用力に大いに疑問のある検面調書が証拠として認められることとなった。戦時刑事特別法のこの規定が、太平洋戦争の終戦を経て現行刑事訴訟法へと移行するに際し、特信情況へと形を変えて生き残った。それが戦後75年を経た現在まで継続していることもまた、前述「証拠の標目」と同様である。

経済事件は、殺人・強盗・傷害・窃盗などの一般刑事犯と異なり、指紋・凶器・遺棄死体等の物証が存在しない。経済事件には金という物証があると言うかもしれないが、経済事件ではその金の意味合いこそが問題となるのであり、物理的な貨幣そのものには意味がない。物証のない経済事件では、書証と人証(=検面調書)だけが証拠なのであり、ここで書証はその解釈となる人証がなければ意味を持たない。結局、経済事件は検面調書だけで立件されているのである。しかも、公判では、検面調書に高い特信情況が認められる。そして、裁判官は、証拠の標目規定のおかげで、検面調書だけで有罪判決を書くことができる。

これが物証のある一般刑事犯であればそうはいかない。指紋・凶器・遺棄死体等物証の証明力は強く、たった一つの物証は、夥しい数の検面調書を一撃のもとに粉砕する。小さな国土に単一民族が群れて暮らす日本では物証や目撃証言が出やすい。だから、日本の治安は良く、これが日本社会の司法に対する信頼性を高めている。すなわち、日本社会においては、特信情況と証拠の標目による冤罪は、物証型一般刑事犯においては顕現することが少なく、経済事件においてその危険性を大いに発揮する。

多くの経済事件は特捜検察により立件される。特捜検察は、起訴権を独占する検察官が、司法警察の本来業務である事件捜査を併せ行う。当然に、捜査と起訴の内部統制は機能せず、無理な立件を防止する抑止力は機能しない。ここで、特捜検察は、巨悪の摘発を社会的使命とする常設機関であり、学歴序列の厳しい官僚司法において唯一例外的に実力主義を取っている。だから、特捜検察及び特捜検事は、常に、社会の耳目を引く大型経済事件を立件したいという強烈な動機を持っている。私は、ゴーン元会長が指摘する「腐敗した非人道的な日本の司法制度」というのは、特捜検察の立件する経済事件に限って、本当にその通りだと思う。

6.グレッグ・ケリーがいる。

ゴーン元会長の逃亡を受け、特捜検察は、

「だから言わんこっちゃない。」

とばかりに、ゴーン元会長の保釈を決定した裁判所の判断を強く批判し、その勢いのまま、1月7日、偽証容疑でキャロル夫人の逮捕状を取った。ゴーン元会長とキャロル夫人は、日本の要請に基づく国際刑事警察機構(ICPO)の逮捕手配書により国際指名手配を受けることになった。

こうしてゴーン元会長は日本から脱出し、日産ゴーン事件はあっけない幕切れとなった。日本の司法当局は、外交ルートを使ってゴーン元会長の引渡しを求めていくが、レバノン政府がゴーン元会長の引渡しに応じる気配はない。ゴーン元会長は、日本での疑惑が当時の日産経営陣や日本政府関係者による策略であるとICPOに訴え、身柄の自由を確保したい。そのため、海外メディアを使って日本の刑事司法批判の情報戦に打って出るであろう。これに対して、日本の司法当局は、日本の司法の正当性を海外に訴えていくことになる。

事件は場外乱闘の様相を呈し、事件の真相が公判廷で明らかとなる可能性はなくなってしまったかの感がある。しかし、ここに日産グレッグ・ケリー公判がある。日産の元代表取締役であったクレッグ・ケリー氏(63歳)は、ゴーン元会長とは異なり、日本に滞在している。クレッグ・ケリー氏は、ゴーン元会長と共に、有価証券報告書虚偽記載罪(役員報酬の過少計上)で起訴されている。ケリー氏の無罪立証はゴーン元会長の証言が大きな支えとなっていたが、ゴーン元会長の逃亡の結果、ケリー氏はゴーン元会長の証言を得ることができなくなった。ケリー弁護団落胆との報道がなされているが、私は、それでもケリー氏の公判無罪は動かないと思う。それほど、ケリー氏無罪の証拠構造は強い。

私にしてみると、2011年3月期から2018年3月期までの8事業年度における合計91億円のゴーン元会長に対する役員報酬なるものは、会計上、負債認識をすべき役員報酬とならないことは明白である。しかし、それでも、「やはりこれは有価証券報告書において開示すべき役員報酬にあたる」と主張する有識者は数多くいる。

彼らは誤解している。彼らは、先送り役員報酬の支払を約した文書を、日産とゴーン元会長の間の有効な契約と捉え、先送り役員報酬は、当然に負債計上すべき契約債務と考えている。会社法の規定により、役員報酬は株主総会の決議事項である。ここで問題とされる文書は、先送り役員報酬の支払を約した文書ではあるが、その支払は株主総会で承認されておらず、取締役会の承認もない。本件文書は契約成立の法的要件を満たしておらず、単なるゴーン元会長とその時は忠実な下僕であった西川氏との間の私的な覚書に過ぎない。

本件先送り役員報酬は契約債務ではないことが分かった。しかし、会計では、一定の負債要件を満たした引当債務は、たとえそれが法的契約債務でなくとも、負債を認識する必要があり、これを負債性引当金という。修繕引当金や保証引当金は負債性引当金の代用的な例であり、役員退職引当金も負債性引当金の一種である。ゴーン元会長の先送り役員報酬は、契約債務ではないけれど負債性引当金となる可能性があり、その判断基準が負債性引当金認識の三要件(①原因事実の発生、②支払額の合理的見積もり、③支払の蓋然性)なのである。

そこで、ゴーン元会長に対する先送り役員報酬について、負債性引当金認識三要件を検討すると、①②は満たすものの、③支払の蓋然性はないことが明らかである。ゴーン元会長に対する先送り役員報酬91億円は契約債務ではなく、負債性引当金にも該当しないのである。本件有価証券報告書虚偽記載罪は、縦から切っても横から切っても成立しない。ケリー氏には、ゴーン元会長との共謀以前に、犯罪事実そのものが成立していないのである。従って、ケリー氏の公判無罪は動かず、ここにおいて、ゴーン元会長の証言の有無は関係がない。

ゴーン元会長の海外逃亡により、日産ゴーン事件を契機とした日本の人質司法問題が無罪放免となったわけではない。ゴーン元会長の海外メディア露出により、欧米諸国の人質司法に対する関心はむしろ高まっている。その中で、本年4月25日から、京都で国際司法コングレスが開催される。ゴーン元会長が海外逃亡したからと言って、検察官もいつまでもグレッグ・ケリー公判を引き延ばすわけにもいかない。日本の人質司法問題を歴史の闇に葬ることはできない。

以上


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